…………駄目だ、と。

それ以上を、言葉にしてはいけない、と。

セツナは止めたのに。

「今更、こういう風には言われたくないって。そんなのは無しですよ、盟主様……。……俺にはもう、理解出来ない。貴方達も、皆もっっ。人殺しでしかないじゃないかっっ! それが平気だなんて、俺には解らないっ。…………俺の言ってることなんて、お二人にはどうせ、理解出来ないんでしょうね……。でも、俺だって。お二人のやってることも、皆のやってることも、もう、理解出来ませんよ…………」

彼は、想いの最後までを、明確な音として吐き出してしまった。

「……あーあ…………。言っちゃった……」

そんな彼へ、セツナは、とてもとても困ったように溜息を吐き出し、どうしてあげるのが一番良いんだろうと、些か同情の眼差しをくれたけれど。

少なくとも『今』、彼を庇うつもりはないのだろう、僕知らない、そんな風に。

ぷいっと、そっぽを向いた。

そしてセツナが、在らぬ方へと視線を漂わせるや否や。

表情の褪せたカナタが、男へと数歩、近付いて。

「………………トゥー・リバーの街の防衛戦があったのは、確か、夏の頃だったね。その頃より今日まで、約、半年。一月程の違いでしかなくとも、僕よりも長く、セツナのもとで、戦友達と戦って来たと言うのに。…………お前は一体、何を見てきた? その目は節穴だったのか? その想いは単なるうろか? 己で己を、愚鈍と認める愚か者に、立派には聞こえる言葉を用いて、他人を詰る資格などない」

傍らのセツナでさえ、出来れば耳を塞ぎたい、そう思える程に、きつく冷たいトーンで語りながら、侮蔑するように、彼は、男を見下ろした。

「なっ……。…………え……?」

────夏の、盛りの頃に。

セツナと共に、デュナン湖畔の古城を、カナタが初めて訪れてから、数ヶ月。

何時しかそこで、当たり前にその姿を見掛けられるようになったトラン建国の英雄は、唯ひたすらに、『溺愛』しきりの盟主に寄り添い、時に人好きのする笑みを、時に朗らかな笑い声を、見せ、そして聞かせ、昔馴染みや城の者達をからかって歩く、穏やかで、明朗で、聡くて、そして、強い。

……そんな姿しか、人々の前には晒さなかったから。

彼も又、このように厳しい態度のカナタを目にしたことなど、未だかつて一度たりともなく。

度肝を抜かれた風に、彼は唯、息を飲んで、カナタを見上げるしか出来なかった。

「マクドール様…………?」

「……一つ、問おう。お前は、戦場で敵を討つことと。私利私欲や、恨みつらみの為に他人を殺すこととを。同じ、『人殺し』で括って捨てられると思っていると、そう言うつもりか?」

「…………違う、とでも言うんですか……? 所詮、同じじゃないですか、どっちにしたって誰かは死んで、誰かは殺して、だから──

──だから。己で己を、愚鈍と認める愚か者、と。お前は僕に、そう言われる。戦場で敵を討つことと、個人的感情で他人の命を奪うこととでは、そこに雲泥の差があると、何故気付かない。……人殺しは人殺しだ、確かに。それ以上でも、それ以下でもない。国の為、故郷の為と、大義名分を掲げれば、何をしても許される訳でもない」

「……だったら……」

「………………でも。戦場で敵を討つことと、『殺人』。それは決して、同じ括りに入れてはならない。何が遭っても、してはいけない。お前がその手に剣を取って、戦友達と共に戦場に立った過去を持つならば、尚更。セツナの名の下、セツナの命に従って、戦場で敵を討つ兵士達も。僕の名の下、僕の命に従って、戦場で敵を討った兵士達も。只の人殺しではない。彼等がしていること、お前がして来たこと、それは、僕達の意を汲んで行った、『戦い』だ。彼等に刃を握らせて、戦場に立てと命じたのは僕達だ。彼等や、お前が成して来たこと、成していること、これから成すこと。それを、只の人殺しだと斬って捨てることは、僕等ではなく、共に戦って、命を預け合ったお前の戦友達を侮辱するに外ならない。その侮辱だけは、僕は決して許さない。……僕達の名の下、僕達の命に従って、戦場に立つ、彼等を。侮辱することだけは、決して」

唖然とした顔付きになったまま、見上げてくるだけの彼へ。

抑揚なく、一息にカナタは告げ、ゆるりと、己の懐へ、右手を差し込んだ。

「…………でも…………っ……」

「……これだけ言われても、解らない、それがお前の答えだと言うなら──

──わーーーーっ!! マクドールさん、駄目です、駄目っ! それ以上、物騒な態度取っちゃ駄目ですーーーーーっ!」

在らぬ方を眺めつつも、カナタの言葉に耳を貸し、ちらちらと横目で、カナタと男とを見比べていたセツナは。

カナタが、その懐より何を取り出そうとしたのかに気付き、慌てて、正面からカナタへと突っ込み、その腰に抱き着いた。

「……セツナ。別に、『本気』じゃないよ?」

「『本気』でも真似っこだけでも、駄目ったら駄目ですっっ。確かにこの人、マクドールさんが許せないって思うこと言っちゃいましたけど、そんな刺激の強いこと駄目ですーーっ! ビクトールさんやフリックさんじゃないんですからっっ!」

ダッと、しがみついて来た彼へ、カナタはフッと笑みを落としたが、セツナの制止は続き。

「……貴方が言ったみたいに、皆、やってることは同じだよ? 戦争に行って、戦場に立って、敵を倒せば、皆、同じ人殺しだよ? でもね、それは、戦争に行った人達の中でのお話でしょ? 戦争に行った人が、戦争の中でやったことと、そうじゃない場所で、そうじゃない人がやったことを、一緒にしちゃ駄目だって、僕も思うよ? 一緒に戦ってる皆や、故郷の為って思って戦争に行く人をそんな風に言ったら、それは、裏切りになっちゃうよ……?」

むうむうと、カナタに抱き着いたまま、彼は、男の方を見遣ることなく、ぽつぽつと言った。

「貴方だけじゃないよ。誰だって、死にたくなんかないよ。殺したくなんかないし、殺されたくもないよ。それが、皆の本当の気持ちだって思うよ? でもね、僕達は、それをしなきゃいけない。……それを、貴方が怖いと思うなら、止めるのも、逃げるのも、悪いことじゃないって思うよ。怖かったら、止めたって逃げたって良いんだって、僕は思うよ。…………但、ね。今でも戦争に行くって決めてる人達のこと……貴方と一緒に戦った人達のこと、一緒に戦った貴方が、人殺しって言うのは、止めて?」

「…………盟主様……」

「人殺しなんかじゃないよ。皆、人殺しなんかじゃないもの。……そうでしょう? 戦争で、人を殺したかも知れないけど。僕達皆、人殺しだけど。自分達で決めて、僕達の所に集まってくれた皆に、戦場に行って、って言うのは僕達なんだから。責められなきゃいけないのは僕達で、責任取らなきゃいけないのも僕達で、だから、皆のことだけは、悪く言わないであげて。責めないであげて? 皆の所為じゃないんだから…………」

そこまでを告げて、漸くセツナは、男を振り返り。

ね? ……と、小首を傾げて、何時も通りの、盟主然とした、ほんわりとした笑みを浮かべた。

「セツナが言った通り。責められるべきは、兵士達ではなく。軍を率いた僕達だ。僕達の言うことを信じて、僕達が、勝利と平和を齎してくれると信じて、そうして戦場に立つ彼等のことを、悪し様に言う権利は誰にもない。僕達のことを、どれだけ非難しようと、それは構わないし、実際、非難されて然るべきだとは思う、『責任者』なのだから。その非難を、僕達は受け止めるべきだとも思う。……でも、彼等は違う。それだけは、履き違えないで欲しい。一度は、戦場に立った者ならば」

そんなセツナの髪を撫でながら。

カナタは、漸く表情を元に戻し、ゆるりと男を見た。

「判って、とは言わないけど。少なくとも、皆のことくらいは、悪く言うの止めてあげて? でないと、マクドールさんも僕も、もっと、貴方にきついこと言わなきゃならなくなっちゃう。……そんなの、嫌でしょ? 僕だってきついことなんか言いたくないし。これ以上、マクドールさんのお説教、聞きたくないでしょ? 僕も、ヤだーって思うくらい、すんごい怖いもん、マクドールさんのお小言って。………………だから。ね? もう、このお話は、お終いにしようよ。……良いですよね? マクドールさん。もう、この人がどうして逃げちゃったのかは、判りましたもん」

そうしてセツナは今度は、ねだるようにカナタを見上げて、もうお終いにしましょうと縋って。

「…………そうだね。セツナがそう言うのなら、もうこの話は、ここで終わりにしよう。…………僕達は、宿に帰る。明日の朝、もう一度、ここに来るよ。その時に、一度城へ戻るか、それともこのまま逃げるか。その答えを聞かせてくれ。どちらを選ぼうと、僕達は構わない。それは、君の自由だ。…………お休み。──さ、戻ろうか、セツナ。体、凄く冷えちゃってる。迷惑掛けちゃうけど、もう一度宿の人に頼んで、お風呂借りようね。でないと、風邪を引くよ?」

「はーーーい。……冷え過ぎちゃったのか、肩とか痛いです。風邪引いて帰ったら、シュウさんに怒られちゃいますよね。温かくして、今夜はもう寝ます! ──じゃあね、お休みー!」

カナタはセツナを抱き寄せるようにして。

セツナはカナタに寄り添うようにして。

言葉を返さなくなった彼を置き去りに、森の中に佇み続ける小さなその小屋より、二人は出て行った。