──翌日。

傭兵達に『は』宣言した通り──則ち、セツナの動向に、一々小言を食らわすシュウ達には何も告げぬまま、何時も通りセツナは、グレッグミンスターの中心、女神像のある噴水近くに佇む、カナタの生家、マクドール邸を訪れた。

例え、彼がそこへ赴いていることをシュウ達が知らずとも、今更、と云う奴なので、いい加減、それに関しては諦めを付けている正軍師殿も何も言いはしないし。

客人ではあるセツナを、真っ先に出迎えるクレオも、それに慣れきってしまっているから、一応、何処にも問題はない。

あくまでも、一応。

そうして、『恙無く』訪れたマクドール邸にて、客人のもてなしの為の茶を淹れるから、と立ち上がったクレオの後を、手伝うと告げて追ったセツナは、カナタの誕生日は何時なのか、と、真っ向勝負で尋ねた。

「坊ちゃんの、お誕生日ですか?」

だが。

尋ねたいことは、そんなことですか? とでも云うような顔付きになりながらも、クレオは。

「お教えしても、いいのかしらね……」

ボソリ、と小声で、戸惑いを口にした。

「…………駄目、ですか? 僕何か、いけないこと訊いちゃいました……?」

故にセツナは、まずかったのかなー……と、チョロッとクレオを見上げ。

「ああ、駄目とか、いけないこととか、そう云うんじゃないんですよ。──そのう……ね。あの戦争に関わるようになってからこっち、坊ちゃん、御自分の私事──それこそ、お生まれになった日とか、お小さかった頃のこととか、他人に知られるのを嫌がる風な素振り、見せられることがあって。……だから、って。それだけなんですけどね。まあ、セツナ君になら、それを教えても、機嫌を損ねられたりはしないんでしょうけれど」

気まずそうに見詰めらたクレオは、戸惑いに、大した理由はない、と、曖昧に笑んだ。

「そですか……」

「ええ……。だから、セツナ君から直接、坊ちゃんにお尋ねになられた方が、いいと思いますよ?」

「…………はぁい。判りました。有り難う、クレオさん」

「いえいえ。お役に立てず」

故にセツナは、ぺこり、とクレオへ頭を下げ。

クレオは、御免なさいね、と詫びを告げ。

「……セツナ? クレオ? どうかした?」

茶の支度を整える手を止めて、二人は話し込んでいたから、茶を淹れるだけにしては、戻って来るのが遅い、と思ったのだろうカナタが、台所へと姿見せ。

「あ、何でもないです。一寸、お喋りしちゃって」

様子を見に、二階から降りて来たカナタを振り返って、ほえっとセツナは誤魔化しをくれた。

マクドール邸での茶の時間を終え。

デュナン湖畔の、同盟軍本拠地へと帰り。

さて、何と言って、誕生日を、カナタ当人に尋ねるのが妥当かなー、と、カナタと二人落ち着いた、己の自室にてセツナが、思案をし始めた矢先。

「セツナ? 碁盤って、あったっけ? この部屋」

唐突にカナタは、そんなことを言い出した。

「へ? 碁盤ですか? ……えーーーと、碁盤……は、ないです。それなら、シュウさんが持ってる筈ですよ。借りて来ましょうか? 碁、やりたいんですか? マクドールさん」

なのでセツナは、んー? と首を傾げ。

「そう云う訳じゃないんだけど。一寸ね。……確かに、あの軍師殿の所には、ありそうだねえ。でもまあ、わざわざ借りに行かなくとも、彼ならその内、書類だの何だの抱えて、ここへやって来るんだろうから。待つとしようかな」

碁を打つ為の道具なら、シュウが、と教えられたカナタは、待ちますか、と、セツナのベッドに寝転がり始めた。

「…………? 変なマクドールさん」

「そう?」

「ま、何時ものことですけど」

「あはは、そうかもね」

書物片手に寝そべってしまった彼へ、セツナは益々、首の傾きを深めたけれど、唯々、カナタは笑うだけで。

頁を繰り始めた本の中身に、没頭し始めてしまったカナタを一先ず放置し、マクドールさんが読書中ならー、とセツナは、執務机の上に積まれた、書類との戦いを始めた。

────それより、暫し。

静かな部屋の中で、カナタは書物の頁を繰り、セツナは書類を捌き、としていたら。

「盟主殿。いらっしゃいますか」

カナタが告げた通り、紙束を抱えたシュウが、その姿を見せ。

「…………正軍師殿に手間を掛けさせるようで、気が引けるんだけど。碁盤、貸して貰えないかな」

入室して来たシュウへ、セツナが何かを告げるよりも早く、読み耽っていた書物より視線も逸らさず、これっぽっちも、気が引けているなどとは思えぬ態度で、カナタが告げた。

「……碁盤、ですか? 盟主殿と、勝負でも?」

『遊び道具』を貸せ、と、不躾な態度で唐突に告げられても、古来より、囲碁と云う物は、兵法の研究の為に用いられることが多いから、とシュウは、目くじらも立てずに言い。

「まあ、色々と」

さらり、何処までも本の頁を見詰めたまま、カナタは答え。

「……………………お待ちを」

僅か、眉を顰めながらもシュウは、携えて来た書類をセツナに手渡してより、部屋へと取って返した。