大した時も掛けず、自室より、碁盤を抱えてシュウが戻って来て。

漸くカナタは、読み続けていた書物より顔を上げ、ドン、と、部屋の中央辺りにあるテーブルの上へと置かれた碁盤へと、近寄り。

「セツナ」

執務机に座ったままだった、セツナを手招いた。

「何ですか?」

「……教えてあげる」

呆気無くペンを投げ出し、トトっと寄って来て、ひょいっと顔近付けて来たセツナへ、にこっと微笑み掛け。

カナタは、十九路盤の交点の、中央の一点に、白石を打ち。

右上の隅に最も近い交点に、黒石を一つ、打った。

「………………マクドールさん? これ、何ですか? 教えてあげる……って……?」

カナタがしてみせたそれの、意味を何一つ解せず。

んあ? とセツナは、間抜けな顔をしたけれど。

「これがね、僕の、誕生日」

クスクスと、愉快そうに忍び笑ってカナタは、『これ』が、己の生まれた日、と告げた。

「…………はあ? これが、ですか?」

「そう、これが」

「そう言われても……。これじゃ、何が何だか……。──ってゆーか、どーしてマクドールさん、それ…………」

「さあ、何でだろうね」

────…………聴いてましたね? 僕とクレオさんの話……」

だが、そんな風に誕生日を示されても、セツナには理解及ばず。

「……あーのー…………」

困ったように彼は、上目遣いでシュウに、助けを求めたけれど。

シュウも又、さて……と云う風に、肩を竦めるのみで。

「………むう………………。わかんない……。悔しい……。────でもこれが、マクドールさんのお誕生日なんですよね? 一寸、考えます、悩みますっ!」

くぅぅぅぅぅっ! とセツナは、気合いと根性を示す握り拳を固めて、長考を宣言した。

「……あ、でも……。マクドールさん、あの……ヒント、は……?」

謎掛けを仕掛けて来ると云うなら。

何が何でも解いてやるっ! と意気込んだものの。

そろぉ……とセツナはカナタを見上げ、「手掛かり、欲しいな」と『甘える』風に、尋ね。

「手掛かり? ──中央の交点の白石」

別にいいけど? とカナタはさらり、謎掛け解く為の、糸口の一つを告げたが。

「………………それだけですかぁぁぁ?」

「え、未だ欲しいの? ……それじゃあ、もう一つだけね。僕が使ったのは、碁盤、と云うこと。…………以上」

カナタに教えられた糸口一つ程度では、足りない、とセツナはプッと膨れ。

ならばもう一つだけ、とカナタは二つ目の手掛かりを教え。

「頑張って、セツナ」

何処までも、クスクスと笑いながら彼は、もうこれ以上、易しくはしてあげないよ、と、セツナのベッドへ戻り、再び、取り上げた書物の相手を始めてしまった。

「が、頑張ります……」

怠惰な様で、コロン、とベッドに横たわってしまった彼を、少々恨めし気にセツナは横目で見遣り。

シュウさぁぁぁぁん…………と、やはり目線で、いまだその場に居合わせる、シュウに助成を求め。

「……盟主殿、こちらへ」

救いの手を求められたシュウは、溜息を付きながらそれでも、付いて来い、とでも云う風に、踵を返し。

「行って来ます、マクドールさんっっ」

「はい、行ってらっしゃい」

出て来ますねー、と云ったセツナへ、楽し気に微笑みながらカナタは、ひらひら、手を振ってみせた。

「うーーーーー……。何だろ。どーゆー意味だろ。……わかんないよぅ……」

シュウの後に付いて、シュウ自身の部屋へ向かい。

自室の本棚の前に佇み始めた部屋主の様子を窺いながら、セツナは、しきりに首を捻り出した。

「それ程、落胆なされずとも、大丈夫ですよ」

この部屋での己の定位置、と決めているらしい椅子に、何時も通り腰掛けたセツナのぼやきに、姿勢を崩さず、声のみで答え。

見上げた本棚より、何冊かの書物を、シュウは取り出す。

「……でも良かった。シュウさんが手伝ってくれるから、何とかはなるかも……。──けど何でシュウさん、一緒に考えてくれる気になったの?」

「マクドール殿に、あんな謎掛けを出されたままでは、盟主殿も執務にはなりませんでしょうから。それで、です。…………まあ……、マクドール殿の謎掛けの一つや二つ、解けないと云うのも悔しい気もしますし……」

引き摺り出された、何冊かの厚い本を、どさりと目の前に置かれて、顔を顰めつつセツナが、手伝いの理由をシュウに問えば。

問われた正軍師殿は、低く答えながら、セツナの方を向き直りもせず、本の頁を繰り出した。

要するに、正軍師殿、トランの英雄殿の謎掛けを、即座に解けなかったことが、悔しいらしい。

「ふうん……」

だから、シュウのそんな答えを聴いたセツナは、シュウさんも結構、負けず嫌いだよねー、と、独り言ち。

頁を繰るシュウをぼんやり眺めながら、両手で頬杖を付きつつ、対面の彼に喋り掛け始めた。

「お誕生日ってことは、マクドールさんの『アレ』、どう考えても日付けってことだよね」

「でしょうな」

「でも……碁盤の上の線と線が交わる処って……んと……十九掛けることの十九だから……えーーーーと? 三六一個でしょ?」

「そうですね」

「なら、あの点が、三六五の代わりじゃないってことでしょ? 一年には足りないしー。──うーーん、真ん中の白い石がヒント……。あれは日付けのことじゃないんだろうから…………。益々、わかんない……。……何なんだと思う? シュウさん」

「……さあ」

ぶつぶつぶつぶつ、どうのこうのと語り掛けて来るセツナの相手を、一応はしながらも。

気のない応えばかりを、シュウは返し。

「マクドールさんて、今年が二十ニの歳って前に教えて貰ったから、二十ニ年前の何かに、関係あるのかな、あれって」

素っ気無くされてもセツナは、語り掛けを止めず。

「ニ十ニ年前の何か、ですか。……その線はありそうですが。二十ニ年前のトラン──赤月帝国で起こったことを知るとなると……」

セツナが言い出したことに、何か引っ掛かることでもあったのか、漸くシュウは、書物より視線を外して、セツナを見た。

「誰か、その頃のこと、正確に覚えてる人いないかなあ。……誰だったら覚えてるかな。ニ十二年前の赤月帝国のことだから……。んと……。ゲオルグさんかー、マクシミリアンさんかー……。ゴードンさんとか、タイ・ホーさんとか、ハンフリーさんとか、覚えてないかなあ……」

シュウの目線が己へと向いたので。

この線、悪くないよね? とセツナは話を続け。

「ゲオルグ殿や、マクシミリアン殿も、ニ十二年前の出来事を、覚えているかも知れませんが。……マクドール殿の謎掛けに関することは、『この世の生き字引』に尋ねるのが正解かも知れませんね」

今、セツナが挙げた面々に尋ねるよりも、相応しい人物がいる、とシュウは告げ。

「『この世の生き字引』? タキおばあちゃん?」

「いいえ。齢八百数十歳の、吸血鬼、です」

「あ、そうか、シエラ様っ!」

ガタンっ! とセツナは、椅子を後ろに倒さんばかりの勢いで、立ち上がった。