墓場の片隅で、安らかに寝ていた処を叩き起こされ。
至極不機嫌そうな顔をしながらも、セツナに引き摺られるまま、シュウの部屋へとやって来たシエラは。
セツナの語る話に、耳を貸し終えた途端、軽く、目を見開いた。
「…………ほう……」
そうして、彼女は。
シュウが紙の上に再現した、『碁盤』を眺め、しみじみと呟く。
「又随分と、懐かしいことぞ。未だに、これを覚えている者がいるとは思わなんだ。…………ああ、じゃが、そう云えばあの国では…………────」
「──え、これ、知ってるんですか? シエラ様。あの国では……って?」
「……いや、何でもない。──これのことなら、勿論知っておる。昔々……大昔の。これは、暦ぞ?」
「暦?」
心底懐かしそうに、シュウの示した紙を見詰めたシエラの言うことに、ほえ? とセツナは、首を傾げた。
「だって、これ…………」
「……これはのう、セツナ。未だ、一年の括りが、今のようなものではなくて、三六○日だった頃の、暦じゃ。今ではこれを覚えている者になぞ、滅多なことでは巡り会えぬ程昔の、暦」
「………………あ……。成程……」
『これ』は、暦だ、と、シエラがセツナに教えれば。
何やら思い当たることでもあったのか、傍らでそれを聴いていたシュウが、小さく声を上げ。
「思い当たったかえ? 軍師」
気付くのが遅い、とシエラは、シュウを見遣った。
「まあ、咄嗟には思い出せずとも、無理はないわ。──良いかえ? セツナ。遥か昔はの、碁盤で暦を表すことが出来ての。三六一の交点の内、中央の一点を、大極として据え、残りの三六○の交点を、日数と考えたのじゃ。四隅をそれぞれ、春夏秋冬を表す場所として。──だから、この中央の白石は、大極で。黒石は、日付けじゃ。そして、この黒石のある交点の日付けは、この暦の上での、一月一日、と云うことになる」
だが、自分が告げること──則ちカナタの謎掛けの意味に、気付けなかったとしても仕方がない、と、あっさりシエラは言って、置かれた碁石の意味を、セツナへと語り。
「一月一日、ですか」
「そうじゃ。……判ったかえ? それが判れば、後は簡単じゃろう? ニ十ニ年前の何月何日が、この暦の上での一月一日になるのかを、調べれば良いだけの話じゃから」
「はいっっ。有り難うございました、シエラ様っっ」
もう用がないと言うなら、妾は寝る、と彼女はとっとと、シュウの部屋を出て行った。
「盟主殿」
そして、シエラが出て行くや否や、又、書棚の前に立ち、一冊の本を取り上げ、とある頁に記されていたらしい、某かを暫し見比べた後、セツナを呼び、シュウは。
「マクドール殿の誕生日は、太陽暦では四三八年、赤月帝国暦ではニ○九年の……────」
…………と、告げ。
「有り難う、シュウさんっっ」
「計算が間違っていることは、ないと思いますので」
「うんっっ。ホントに、アリガトっっ」
日付けを教えられたセツナは、ぱっと嬉しそうに微笑み、ダッッ……と、シュウの部屋を、飛び出して行った。
セツナの部屋に、一人残され。
パラパラと、読んでいるのか、それとも眺めているだけなのか、判断の付かない速度で、本の頁を捲り続けていたカナタは。
「いい加減、判る頃かな」
ボソリ、独り言を吐くと、頁を開いた本をそのまま、己の顔の上に乗せた。
──すれば。
「マクドールさーーーんっっ!」
カナタが思った通り、ダカダカと廊下を走り、ダカダカと階段を昇る音がした直後、ばったんっ! と部屋の扉が開いて、セツナが飛び込んで来たので。
「お帰り。正解、判った?」
ペロッと、顔に乗せた本をずらし、悪戯っ子のような眼差しで、カナタはセツナを見詰めた。
「はいっっ、判りましたっっ!」
「正解の出所は、『お婆様』辺りかな?」
「……う、そーです……」
「誰に尋ねて正解を知ろうと、気にすることはないよ。判らないことを尋ね歩くのは、悪いことじゃないから。限度問題ではあるけどね」
相変わらず横たわったまま視線だけを向けて、セツナが正解を引っ張って来た先の、当たりを付けてやれば、ずるっこですか? と、その日何度目かの上目遣いをセツナがしたから、そんなことはないよ、とカナタは笑いながら、漸く起き上がり。
「なら正解、聞かせて?」
愛犬を呼ぶ飼い主のような仕種でセツナを呼び寄せ、ベッドの、己が座る傍らへと腰掛けさせた。
「えっとですね、マクドールさんのお誕生日は、ニ十ニ年前の、十二月ニ十ニ日ですっっ。一年で一番、昼間が短かった日っっ」
呼ばれ、座らせられ、頭を撫でられ。
セツナはカナタの問い掛けに、元気一杯答えてみせた。
「うん、その通り。良く出来ました」
「絶対ですか? 間違ってないですか? ホントに、十二月ニ十ニ日でいいんですねっ?」
誉めるべく、頭を撫でる指先の力を強くしたカナタに、されるままになり、嬉しそうに微笑み。
念まで押して。
肯定の頷きを返して貰ってやっと。
「良かったーーー……」
心底安堵したように、セツナは洩らした。
「でも又何で、僕の誕生日なんて知りたがったの。それも、僕にじゃなくって、クレオ介するような手段で」
へにゃっと頬を崩したセツナを、目を細め、柔らかく見詰め、カナタは尋ねた。
「あ、えっとですねー……──」
その問いに、浮かべていた笑いを引っ込め、セツナは一寸、バツの悪そうな顔になり。
先日、ハイ・ヨーが、ミンミンの為のケーキを焼いていた話を語り。
「お誕生日って、祝って貰えると嬉しいって云うのは本当ですから、今度、マクドールさんのお誕生日が来たら、僕も何か……って、そう思ったんですけど。だから、知りたかったんですけど。でも僕今まで、マクドールさんのお誕生日って、訊き損ねちゃってましたから。──随分前から、知りたいなー、とは思ってたんですけど……まあ、色々、そのぅ……あって、何となく、教えて貰い辛くって……」
最初の内ははっきりと、が次第に声のトーンを落として。
最後の方はごにょごにょと、聞き取り辛い声音で、彼は理由を告げた。
「…………相変わらずだねえ。僕には気なんて、使わなくっていいって、そう言ってるのに」
故に、それを聞き届けたカナタは、セツナを撫でていた手を引っ込め、呆れた風に腕組みし、苦笑と共に、傍らの彼を見下ろし。
「……でも、その……。僕にも、思う処って云うの、ない訳じゃないですしぃ……。────でも、教えて貰えたから、これでもう、すっきりですっ! ……あ、処でマクドールさん?」
「ん?」
「何で、あんな判り辛い方法で、お誕生日教えてくれたんですか?」
眼差しをくれたカナタを見返しながら、セツナも又、問い掛けをした。
「ああ、そのこと。──セツナにだったら、何を訊かれた処で僕は答えてあげるのに、変な遠慮なんてしてみせたから、一寸した意地悪しちゃおうかなって思ってね」
すれば、問われたカナタは、腕組みをしたまま、クスリと笑い出し。
「…………それだけの理由……ですか?」
へっ? とセツナは、瞳を丸め。
「うん、そう。──……でもね、正直言うと、素直に教えたくなかった、って云うのも、少しだけあるかな」
カナタはほんの少しばかり、困った顔をしてみせた。