「いや、そんなことをして貰わずとも……。それは、過分なことだ。…………ん? セツナ……? 今、セツナ、と?」

にこにこぉ……と微笑みながら、お詫びに、と言い出したセツナへ。

女性は尻込みする風に言って、が、『セツナ』の名に心当たりがあったのか、小首を傾げる風な素振りを見せ。

「セツナ? 何してるの」

立ち話をすることになってしまったセツナと彼女へ、背後から近付いて来た気配が、声を掛けた。

「あ、マクドールさん」

その声と気配に、セツナは振り返り、それが、カナタの物であると知って、それまでとは少々質の違う笑みを浮かべ。

「…………カナタ……」

「……おや。久し振り、ソニア」

現れた彼を、一瞬凝視した後、名を呼びつつ、すっ……と視線を逸らした彼女へカナタは。

綺麗な、微笑みを湛えてみせた。

「ソニア、さん?」

「うん。……ああ、セツナは実際に会うの、初めてだったね。彼女は、ソニア。ソニア・シューレン。……ほら、帝国五将軍の一人で、解放戦争の時、解放軍に協力してくれた、水軍の」

「…………ああああ、はいはい。前、マクドールさんに教えて貰った、ソニアさん。今はトラン共和国軍の水軍の」

「そうそう。その、ソニア。──ソニア。彼は、セツナ。デュナンの同盟軍の、盟主だよ」

そうしてカナタは、セツナにソニアを、ソニアにセツナを紹介し。

ムクムクよりメクメクを、ソニアよりミクミクを取り上げ。

「クレオがね、二階の窓から、セツナが通りを走ってくのが見えた、って、教えてくれてね。血相変えて、ムササビの後追い掛けてった、って。だから、その内来るだろうとは思ってたんだけど。中々引き返して来ないから、迎えに来たんだよ」

「あー、それがですねー……。実はー……」

ここへやって来た理由を彼が告げれば、告げられたセツナは、はは……と乾いた笑いを浮かべ、事情を語り。

「……あははは。それは、災難だったね、セツナもソニアも。じゃあ、折角だから。ソニアへのお詫びも兼ねて、ソニアさえ良ければ、家でお茶でもしようか。……どう? ソニア」

何処となく、有無を言わさぬような口調で、事情を聞き終えたカナタは、二人を生家へといざなった。

セツナと共に、五匹のムササビを引き連れ、渋々ながら、の足取りを崩さぬソニアも伴い、生家の玄関を潜り。

「いらっしゃい、セツナく……。──…………ソニア様……?」

訪問客の顔触れに、驚きを隠さなかったクレオも巻き込んで、セツナが持参した、土産の手製ケーキを茶請けに、彼等は、マクドール邸の居間で、午後のお茶を始めた。

「どうしても、クレオさんに『ムササビ部隊』自慢したくって連れて来たのに、言うこと聞いてくれないんですよー、マクマク達ってば。すっっごく、言い聞かせたのに。大人しくしてねーって。なのに『脱走』されて、挙げ句、ミクミク捕まえ損なって、ソニアさんにー……」

解放戦争当時、カナタや、クレオや、ソニアを取り巻いた『運命』が、こうして、この顔触れで午後の茶をしていることに、少なくともクレオやソニアには、若干の居心地の悪さを感じさせている中。

そんなこと僕は知らないし、とばかりにセツナは、マクドール邸に到着するまでの出来事を、面白可笑しく語り。

「ムクムクは、この街にも慣れただろうけど。他の子達は、知らない街に興奮したのかもね。……それにしても壮観だなあ、家の居間に、五匹もムササビがいるっていうのも」

五匹揃ってちんまりと、陣取った大きな長椅子に納まり、セツナが切り分けてくれたケーキを齧っているムクムク達を、愉快そうにカナタは眺めた。

「そですか? マクドールさんは、デュナンのお城で何時も見てるじゃないですか、ムクムク達」

「うん、そうなんだけど。この家に、って言うのがね。トランでは、ムササビは害獣以外の扱いはされないし。解放戦争の頃、ムササビには痛い目に遭わされたこともあったし」

「え、マクドールさんがですか? ムササビに?」

「僕が直接、って訳じゃないけど。……フリックがね。運悪過ぎて。勢い、彼と一緒にいる者も……って感じで」

「…………あー、フリックさん。デュナンでもフリックさん、どーゆー訳か、年中、ムササビに目の敵にされてますもんねえ……。フリックさんの場合、ムササビにだけ、目の敵にされてるって訳じゃないですけど」

「……ま、フリックだから。ビクトールの図太さ、少し分けて貰ったら、あの不運っぷりも多少は解消するかも知れないのにね。でも、フリックじゃあ、どう足掻いても不運からは逃れられないか」

「マクドールさんに、そうやって断言されちゃう辺り、フリックさんの不幸さ加減、物語ってますねえ…………」

「………………今の科白、穿って受け止めると、僕が不幸の伝道師みたいに聞こえるよ? セツナ」

「……気の所為です」

それぞれ、ケーキの乗った皿を片手に、茶菓子を食べ進みながらけらけらと笑って、笑いながら何時ものやり取りも交わして、彼等は暫しの間、クレオとソニアに、目もくれなかった。

「あの……──

その所為だろう、当人も内心、行儀が悪い、と感じつつも、振る舞われた茶と茶菓子を、早々に飲み込み、一応の義理は果たしたとでも言う風に、ソニアが何やら言い掛けた。

────あっ」

と、それを遮るように、ポン、とセツナが手を叩き。

「そうでした。僕は今日、マクドールさんのお迎えに来てますけど、クレオさんに、ムササビ部隊を見て貰う為にも来てたんでした」

さも、ソニアの声を、ムササビ部隊を『見学』させろ、の促しと受け取ったような顔して、席を立とうと考えていた彼女より先に、ぴょん、と長椅子から飛び降りてしまった。

「……えっ?」

「可愛いんですよー。五匹揃うと、協力攻撃だってしてくれるんですよー。ねー、ムクムクー。──だから、クレオさん、見てあげて下さいね、ムクムク達。良かったら、ソニアさんもどうですか?」

そうして彼は、焦りの声を上げたクレオへと捲し立てて、次には、にこぱと笑みつつ、ソニアを見た。

「いや、私は……」

「そうですか? ──じゃあマクドールさん、一寸クレオさんと一緒に、お庭に出て来ますね。ここでムクムク達と遊んだら、物壊しそうですから、外行って来ます。ソニアさんと待ってて下さいね、直ぐ戻って来ますからー。……行きましょー、クレオさん」

…………そして。

ソニアからは、遠慮が返って来るだろうと判っていてセツナはそう言い、思った通り、ソニアが誘いを辞退するや否や、焦り続けるクレオを急き立てて、庭へと出て行った。

それ故。

「あの、私はそろそろ…………」

カナタと二人きりにされて、居心地悪そうにしていたソニアは、暫し続いた沈黙の後、誠気まずい、と思いつつ、又、そう言い掛けて。

「……元気?」

が、カナタはにっこりしてみせながら、さっさと話を始めた。

「…………まあ、一応、は……。そちらも、元気そうで、その、良かった……」

そんな風に、笑み掛けられてしまったので、渋々ながらも、ソニアはそれに付き合う。

「ああ、お陰様で。僕は元気。……皆も元気だよ。ソニアも良く知っている、あの頃の皆の一部が、セツナの所にもいてね。皆、相変わらず。──あれから三年以上経って、又戦争に首突っ込むなんて、誰も彼も、物好きだよね。そう思わない? お人好し、って言うのかも知れないけど」

「……人のことは、言えないと思う。…………まあ、あの盟主殿と共にと言うなら、判らなくもないが……」

「ああ、貴女もそう感じるんだ? ……良い子だよ、セツナは。一寸ね、喰えない所の持ち合わせはあるけど。それくらいじゃないと、一軍の長なんてやってられないだろうから、丁度いいのかな」

「だから。そういう科白は、己へと跳ね返って来るから、慎んだ方が良いと私は思う。『喰えない部分の持ち合わせくらいないと、一軍の長などと』、とのそれは、一軍の長だったそちらにも、言えることだから」

「…………あ、そうか。……もしかして僕は今、天に唾吐いたのかな?」

──少々強引に、話に付き合わせたのは、ひょっとしたら失敗だったかもね、と。

内心ではそんなことを思いつつ、カナタはソニアとの会話を始めたのだけれど。

思いの外彼女が、話題に乗ってくれたから。

至極真面目腐った顔をしながら、彼女が告げた科白に、ペロリ、舌を出しながら、彼は又、穏やかに笑ってみせた。