そうするのが、大人の態度であると、彼女は割り切っているのかも、と。

そんなこと、判ってはいたが。

懐かしい昔話だったり、懐かしい仲間達の今だったり、と言った話に付き合うのを、ソニアが嫌がらなかったから。

それより、暫くの間。

本当だったら、彼女の継子となる筈だった彼と、本当だったら、彼の継母となる筈だった彼女は、『茶飲み話』を続けた。

己の父であり、彼女の夫となる筈だった人を手に掛けてしまった彼と、己の夫となる筈だった人を手に掛けられてしまった彼女との会話は、それでも穏やかだった。

……それは、あの出来事より過ぎた三年数ヶ月の日々が、時間、という魔法を使ったが為に生まれた、穏やかさであったのかも知れないけれど。

結局の処、二人共、『大人』ではあって。

大人が大人たる故の、処し方、を弁えていたから生まれた穏やかさであることは、否めなかった。

どうしたってカナタもソニアも、三年数ヶ月前に終わった、トラン解放戦争の中で起こった『出来事』を、忘れ去れはしなかったから。

だから。

実の処、随分と危うい均衡の上にあったらしい二人の穏やかな会話は、セツナとクレオの立てた、大きな笑い声が庭先から響いた途端、立ち消えてしまった。

…………そうして。

数瞬の間、訪れた沈黙の後。

「…………ソニア」

両の指先で、抱え持った白磁のカップを、僅か弄びながら。

それまでとは少々違う、何処となく重苦しいトーンで、カナタがソニアを呼んだ。

「……何か?」

「何をいきなりって、貴女は言うかも知れないけどね。…………あの子、セツナ」

「……? ああ」

「ビクトールやフリック辺りに言わせると、僕のセツナへの接し方は、病気と言えるくらいの『溺愛』なんだそうで。…………うん。それを否定は出来ない程、僕はね、あの子のこと、かなり気に入っててね。お気に入りで、『溺愛中』のあの子が乞うから。よく、昔話を話して聞かせるんだ。僕はあの子とする昔話を、厭わないからね」

「昔話?」

「そう。『昔話』。トランの戦争の話とか。僕が未だ子供だった頃の話とか。テッドのこととか、グレミオのこととか。父上のこと、とか」

「…………そう、か」

名を呼ばれたから。

沈黙の訪れと共に、伏せ加減にしていた面を上げれば、真っ直ぐ視線を捕らえたカナタに、そのようなことを言い出され。

彼が、何を言わんとしているのか見えはしなかったものの、彼の父──テオの名を微かに出された途端、ソニアは僅か、視線を逸らした。

「でもね、以前、一度だけ。しくじったなあ、ってことがあった」

そんな態度を取った、彼女に倣った訳ではないが。

カナタも又、ソニアから眼差しを外して。

セツナとクレオの笑い声が響いて来た、庭へ続く扉へと、視線を流す。

「しくじった?」

「うん。……未だ、知り合って間もない頃だったかな。解放戦争のこと、聞かせて欲しいです、ってセツナにねだられてね。でも、解放戦争と一口に言っても、長い話ではあるから。それから幾日かの間、毎晩毎晩、男同士だから別に良いよね、なんて言い合って、セツナ一人が寝るには大き過ぎるベッドに二人して入って。少しずつ、解放戦争の時に起こった出来事、寝物語代わりに、セツナに話してね。……僕の話を聞きながら、あの子、笑いもしたし、泣きもしたけど。……一度だけ、慰めるのに苦労する程、泣かれたんだ」

「…………何を話して、泣かれたと……?」

「……あの子は、僕のこと、とても良く理解しているんだよ。僕が『それ』を、『何でもないこと』と話せば、誰が死んだ時の話をしても、悲しそうな顔こそすれ、直ぐに、普通の顔をしてみせたし、話の途中、『止まっちゃおうって、思ったことないんですか?』ってあの子に訊かれて、ないよ、って答えたら、酷く納得したように、笑った子だからね。……本当に本当にセツナは、僕のこと良く解ってて、解放戦争の話をしたって、『びくともしない』けど。一度だけ、泣かれた。貴女の話を、した時に」

そして彼は、視線を流したまま、話を続け。

貴女の話をした時に、手を焼く程に、セツナに泣かれた、と告白しながら再び、ソニアを見て。

「私の話、を……?」

それを告げられたソニアは、目を見開いた。

「そう、貴女の話。────シャサラザードでのことと。貴女へ、協力を仰いだ時の話をしたらね。そりゃあもう、『手酷く』泣かれた。この話だけはするんじゃなかったって、そう思った程。……………あの子は、孤児だったそうでね。貴女も名前は知っているだろう、昔、ジョウストン都市同盟で、英雄と言われていたゲンカク老師、その彼に、物心付く前に拾われたから、幸せに暮らして来たって、朗らかに笑いはするけど。やっぱり、ね。両親ふたおやの顔を知らないというのはそれなりに、あの子にとっては、『痛手』みたいだ。……だから。僕があの時貴女へ、僕のことを憎み続けても構わないからと、そう言ったのが、あの子にとっては、耐えられないくらい悲しい話だったようで。『家族になれる筈だったのに、そんなこと言い合っちゃ駄目ですーっ』って。『仕方なかったとしても、絶対駄目ですっ!』って、も、一晩中、泣かれて泣かれて。…………可愛い、良い子だろう?」

どうして、己の話であの少年が、と。

驚き訝しんだ彼女へ、セツナを脳裏に思い浮べでもしたのか、にこにこ微笑みながらカナタは、訳を語った。

「そう……かも、知れない、けれど…………」

けれど、ソニアは。

語られた逸話に、曖昧な言葉しか返せなくて。

「…………ねえ、ソニア。ソニアは小さい頃、この街で育った?」

不意に、カナタは。

話を変えた。