どうやら、何時もよりは短時間でシュウより解放されたらしいセツナが、既に自室に戻っている様子なのを窺い。

「セツナ、いるか?」

あの子のこと、構ってて、とカナタに言いおかれたビクトールは、簡単なノックをした後、セツナの部屋へと入り込んだ。

「あれ? ビクトールさん、どうかした?」

所用のない日の夕暮れ時は大抵、レオナの酒場に陣取っている筈の傭兵が、何の脈絡もなく姿見せたことに、シュウの部屋より戻って来たばかりのセツナは首を傾げながらも、出迎えた。

「ああ。カナタの奴、いないかと思って」

故にビクトールは、頼り甲斐のある兄のように笑んで、偽りを告げた。

「マクドールさん? マクドールさんなら、御買い物してるよ? 商店街に行けばいるんじゃないかな。ここで待ってても、戻って来る筈だけど。……でも、どして?」

「いやな、暇なら一緒に飲まねえか、って。誘いに来たんだが。……そうか、いないか。…………でもなあ、商店街に行ってまで、あいつのこと、とっ捕まえるってのも何だし。所用の最中だってんならな……。────ま、いいか。一寸、ここで待たせて貰ってもいいか? セツナ」

「うん、いいよ。……あ、じゃあー。僕はお酒には、付き合ってあげられないけどー。ビクトールさん、お茶、一緒にしよ?」

傭兵の、言い訳を聞き届けて、セツナは。

ならば、と、いそいそ、ビクトールを椅子へと誘い、是非を聴くよりも早く、茶箪笥の前に向かい。

「聴いてくれる? ビクトールさん。まーーーーーーた、シュウさんってば、ああして下さい、こうして下さいって、色んなこと一遍に言って来るんだよ。言いたいことあるなら、少しずつにしてくれればいいのにー、って、思わない? ビクトールさん。シュウさんみたいに、一度に沢山の人の話聴いて、一度に沢山のことするって云うの、芸の域にまで達しさせちゃってる人なんて、滅多にいないのにねー」

きゃいのきゃいの語りながら彼は、手早く茶を淹れた。

「…………芸……。確かに、右手で何かしながら左手でも別のことやって、口で言うのは又別のこと、ってなシュウのありゃあ、芸だな」

とっとっとっ……と、軽快な様で、盆に載せて運ばれた茶碗を受け取りながら、セツナより発せられたシュウへの揶揄に、ビクトールは笑った。

「でしょう? そう思うでしょう? ビクトールさんだって。求めないで欲しいよね、あんな芸当。──あ、ビクトールさん、お茶菓子食べる?」

「いや、いい」

「そお? 美味しいのに、甘くって」

「甘いから、遠慮してんだよ。察しろ、お子様」

「………………。ゲオルグさんは、二つ返事で付き合ってくれるのに……。カミューさんだって、一緒にお茶菓子食べてくれるのに……。フィッチャーさんだってー、リキマルさんだってー、甘い物付き合ってくれるしー。スタリオンさんだって、ヤな顔しないのにーーー。マクドールさんだって、アイスくらいは付き合ってくれるのにーー」

「……俺は別に、食いモンの味に頓着はしないがな。あの辺と、一緒にすんじゃねえよ……。それにカナタは、甘い物に付き合ってるんじゃなくって、お前に付き合ってんだろうが」

────それから、暫しの間、彼等は。

セツナが言い出した、シュウの話をとぱ口にして、茶碗と菓子鉢の乗ったテーブルを挟んで向かい合いながら、他愛無い会話を交わしていたが。

やがて。

チロッ……っと、棚の上の時計を見上げ、窓の外に降りた、夜の帳を眺め、セツナは。

「……あのね、ビクトールさん」

「ん?」

「ここから先は、僕とビクトールさんだけの、内緒話だからね?」

「…………あ? 内緒だってんなら、内緒にしてやる……が……、何の話だ……?」

「絶対だからねっ! 男の約束だからねっ!」

「判った、判った。守ってやるから。……何だ?」

「マクドールさん。ホントは何処行ったの? 誤魔化し、無しで答えてね?」

………………セツナは。

ほんわり、と笑みながら、ビクトールの瞳を覗き込み。

さらっと、カナタの行方を尋ねてのけた。

その問い掛けの所為で、ブッ……、そんな感じで、ビクトールが飲み掛けの茶を吹き出しそうになったのを、あらら、と眺めながら。