とっぷりと日が暮れた窓の外と、棚の上の置時計を見比べ。

何時も通り、『頼り無気』な笑みを浮かべて、にこにこ問い掛けて来たセツナを見遣り。

「……悪い、俺も知らない」

絶対に、誤魔化しも黙りも効かないな、とビクトールは、茶を吹き出し掛けた口許を拭いながら、正直に答えた。

「…………何だ、ビクトールさんは知ってると思ったのに。だったら、訊かなきゃ良かったなー」

諦めたように告げられた傭兵の答えを聴き終え、つまんないの、とセツナは、軽く頬を膨らませた。

「じゃあ何? ビクトールさんはここにいて、って言われただけ?」

「……まあ、そんなトコだな」

「ふぅーん。……そっか。──マクドールさん、僕にも内緒で何しに行ったんだろ。……『物騒なこと』、してなきゃいいんだけどねー。あれでいて、マクドールさんって結構、過激だから。……ま、僕の心配なんて、マクドールさんに限って、って奴で終わるんだろうけど」

「過激、なぁ……。まあなあ……。あいつのやるこたぁ、時々『派手』だしな。──処で、セツナ?」

「なぁに?」

「お前どうして。カナタや俺が、嘘吐いてるって判った?」

ぷすっ、と頬を膨らませたまま。

ああだこうだと、セツナが言い出したので。

一応はそれに答えてやりながらビクトールは、一体、何がまずかったのだろう……と、内心のみで首を傾げながら問うた。

『失態』の原因を追求しておかねば、後でする羽目になるだろう言い訳すら、カナタに告げられないから。

「ん? ああ、理由? 理由は沢山あるよ。……最初、気の所為かなーって思ってたけど、お散歩に出た野原で、変な気配感じたし。御買い物に行ったマクドールさんの代わりみたいに、ビクトールさん来るし。……マクドールさんに頼まれて来たんでしょ? ビクトールさん。けどね、ここに来るの早過ぎ。まるで、狙ったみたいだったんだもん」

「…………なる、ほど……」

「でもね、ビクトールさんが来ても、少ししか、あれー? とは思わなかったんだけどね。……ビクトールさん、言い訳下手なんだもん。悪い嘘じゃないとは思うけど、マクドールさんと僕が揃ってお城の中にいて、これからお夕飯って時間に、お酒飲もうなんてマクドールさんのこと誘ったって、断られるの目に見えてるのに、お酒でも、なんて言うからー。──その言い訳、お夕飯の後にされたら、僕だって疑わなかったのにねー」

「……何だよ、結局決定打は、俺の所為かよ…………」

──『理由』を、問うてみれば。

セツナを構うには適当と思えた言い訳が、今一つのものだったから、と知らされ。

ビクトールは項垂れた。

別段、褒められたことではないが、これでも、嘘を吐くのは下手ではないし、内心を、他人に悟らせないのは得意な方だし、手練手管の必要とされる『世渡り』も、数多こなして来たと云うのに。

どうしてそれが、この少年『達』には通用しないのだろうか、と。

「うん、そーゆーこと。残念でした。────だからねえ、ビクトールさん」

そして、項垂れたビクトールの様を、くすくすと、テーブルに両手で頬杖付きながら、セツナは笑い。

「だから、何だよ」

「僕とビクトールさんのした話は、内緒話だから。ビクトールさんの所為で、マクドールさんの『内緒』がばれちゃったの、黙ってるから。今度は、僕のお願い、聴いて?」

「お願いって?」

「後でね、僕が何時も寝ちゃうくらいの時間に、ホントにマクドールさんのこと、レオナさんの所に誘って欲しいんだ。……駄目?」

笑いつつ彼は、ビクトールさんの所為で、と云う台詞を殊更強調しながら、『取り引き』を持ち出し。

「………………それは、構わないが……。お前もカナタ同様、良からぬこと考えてんじゃねえだろうな……」

又、頼み事かよ、とビクトールは、胡散腐そうな眼差しを、セツナへと向けた。

「えー、良からぬことなんて、僕は考えないもん。そんなこと、マクドールさんだって考えないもん」

「……揃いも揃って、良く言うな、お前等。…………判った、引き受けてやる。……だが、セツナ? お前、俺にカナタのこと引き止めさせて、何するんだ?」

「それは、なーいーしょー」

「あー、そーかい、そーかい。……勝手にやってろ」

だが、結局。

胡散臭気な視線を引っ込めぬまま、ビクトールは、セツナの頼み事を引き受け。

「ありがと、ビクトールさん」

にこぱ、っとセツナは笑い。

……と、丁度、そこへ。

「御免ね? セツナ。待たせただろう? 一寸、思ってたよりも買い物、時間掛かっちゃって」

ノックの音と共に開いた扉の向こう側から、戻って来たらしいカナタが、姿見せた。

「あ、お帰りなさーい、マクドールさん」

帰って来たカナタの姿を見遣って直ぐさま、細やかな駆け引きをビクトールに仕掛けていた際に見せていた雰囲気の、何も彼もを引っ込め。

ぴょこっと立ち上がってセツナは、トト……っとカナタに近付いた。

「もう一寸、早く帰って来るつもりだったんだけどね。──お腹空いちゃってない? セツナ」

やって来たセツナに手を差し出し、その漆黒の瞳を軽く動かすのみで、セツナとビクトールの気配を窺い。

「……処で、ビクトールは、何で? セツナと、何かしてた?」

彼は、この場にいる三人が三人共、心の中でのみ苦笑を浮かべるに相応しい質問をした。

「セツナに用事って訳じゃなくってな。飲まねえか、って、お前のこと誘いに来て。そのまま、捕まったんだ、セツナに」

その問いが、どれ程馬鹿馬鹿しくとも、話を合わせなければとんでもないことになるだろうから、苦い笑いを噛み殺して、ビクトールは告げる。

「お酒、ねえ……。折角だけど、セツナと一緒に夕飯食べる約束してるから」

「なら、後でどうだ? そこのお子様が、寝ちまう頃」

そうして。

カナタの面目を保つ為に、ここへ来た、偽りの理由を語った彼は。

今度は、セツナの頼み事を果たす為に、カナタを誘い直し。

「…………まあ……その頃なら、別に……」

ふん? と悩みながらもカナタは、ビクトールの誘いを受けて。

「なら、後でな。……お先」

「……又、僕のこと、お子様って言うーーーーっっ」

「まあまあ。そんなことで膨れないの。……さ、セツナ。僕達もお夕飯食べに出よう?」

約束を交わした彼は、そそくさと一足先に部屋を出て行く傭兵の背中に、ぶーぶーと文句を垂れ出したセツナを宥め始めた。