冷静に鑑みれば、難題と言うか、無謀と言うか、無体と言うかな『盟主命令』に従って、『トラン国内買い出し組』と『同盟軍領内買い出し組』が、何とか、セツナが望む酒精を、望むだけの量、調達し終え、夕刻、本拠地一階広場に戻って来た時。
買い出し部隊帰城の知らせを受けて駆けて来たセツナは、全身から、それはそれは良い匂いを漂わせていた。
──トランへ向かったカナタ達一行のほぼ全員が、酒に強く且つ酒精という物に対する一定以上の拘りを持っていたが為、グレッグミンスターやロックランドや、果てはアンティの街辺りまで彷徨ってしまって、ルックの盛大な怒りを買った話は、又、別の機会にするべきことだろうし。
同盟軍領内へ向かったシュウ達一行も、あちらこちらを飛び回る内に、本来は交易商だった『血』に火が点いてしまったのか、最初は渋々遣いを果たしていた筈のシュウが、やがて本腰を入れて酒精の調達に走ってしまった話も、又、別の機会にするべきだろうし。
『宴会』を開きたくて、ハイ・ヨーやヒルダやヨシノと共にセツナが厨房に籠ったことを嗅ぎ付け、「お料理作ってるなら手伝わせてっ!」と、奮闘に混ざろうとしたセツナの義姉のナナミを退けることに、クタクタになるまでセツナが労力を割いた話も、別の場所でするべきだろう。
…………まあ、兎に角。
何の為のかまで、未だ城内の人々には知らされてはいなかったけれど、セツナと、セツナの『ご指名』を受けた人々がそんな風に『活躍』した所為で、その日の同盟軍本拠地内には、宵の口から宴会が執り行われるらしい、との噂が飛び交い。
駆けずり回った買い出し部隊一行の帰城も、無事間に合い。
セツナ達が、ナナミのちょっかいと戦いながらも拵えた料理も出来上がり。
宵の口、本拠地本棟二階の広い議場へ集まった一〇八星達やその他の者達は、『宴会』に興じることになった。
────そして、日没後。
集まった人々を前に、議場の壇上へと乗って、セツナは。
「えーと。今日は急に、宴会しましょうっ! なんて言い出して、御免ね? でも、お祝いしたかったんだ、細やかだけどね。……ミューズは未だ取り返せてないけど。グリンヒルは、無事に取り返せたから。グリンヒル解放のお祝いに、今日は、沢山飲んで、食べて下さい。お遣い部隊の人達が、お酒、一杯仕入れて来てくれたし。ハイ・ヨーさんとヒルダさんとヨシノさんが、お料理作ってくれました。……という訳でー。宴会、始めまーーーすっ! あ、でも、その前に」
にこにこと微笑みながら一同を見渡して、ちょいちょい、と会場の片隅にいたテレーズを手招いた。
「……え? 私、ですか……?」
呼ばれたテレーズは、戸惑いながらも、促されるまま壇上へ登り。
「うん。──だってあの街は、テレーズさんが一生懸命、守ろうとした街だから。だからテレーズさん、僕の代わりに、乾杯って言って?」
「…………では、その……。──グリンヒルを解放出来たこと、それを祝して、乾杯をさせて下さい」
やはり、小さな盟主に促されるまま、けれど、少しばかり頬を上気させて、テレーズは、手にしていたグラスを、ふわり、と掲げた。
「グリンヒル解放に、乾杯!」
彼女の音頭を受けて、人々も又、グラスを掲げ。
「今夜は呑むぞーーーっ! 何せ、酒を仕入れて来たのは、ゴードンとシュウだからなっ!」
「おおっ!」
早速、会場のあちらこちらで、宴を祝い楽しむ大声が上がった。
「セツナ様。有り難うございます」
いきなり始まった大騒ぎに耳を傾けながら、壇上より降りたテレーズは、礼儀正しくセツナへと礼を取る。
「え? 僕、お礼言われるようなことなんてしてないよ? ──……うん。ミューズのことは残念だったけど。グリンヒルは取り返せたんだし、それって、おめでたいことだし。ミューズが取り返せたら、又、お祝いすればいいんだし。皆、頑張ってくれてるんだもん、たまには宴会くらいやってもいいかなーって、そう思っただけ。それだけだよ?」
だがセツナは、困ったようにほわりと笑って、
「じゃあ、テレーズさんも、シンさんと一緒に楽しんでね? ──マクドールさーーーーん!」
後でね、と彼女へ軽く手を振り、カナタの許へと走って行った。
「お嬢様。宜しゅうございましたね」
ごった返す人々の中へと消えたセツナを目で追ったテレーズの背後に、何時しかやって来ていたシンが言う。
「……ええ……。未だ、戦争は終わっていませんから。……こうして、グリンヒルを取り戻せた喜びを、改めて噛み締める機会が得られるなんて、思ってもいなくて……」
すれば、テレーズはシンを振り返り、心底嬉しそうに微笑み、そして、何かを堪えるように俯いた。
今までも何度か、同盟軍挙げての宴は執り行われて来たが、どうにもこの軍は、盟主セツナの質を反映しているのか、基本的に仲間達全員お祭り好きなのか、これまでの宴の時も、羽目を外す者が多く。
今宵も、今まで通り、そのような者達は多く。
気付けば、宴の会場のあちらこちらに、騒ぎの輪が出来ていた。
料理を盛った皿を囲んで、甘い酒を嗜み、きゃらきゃらとお喋りに勤しむ少女達。
年齢的に余り未だ馴染みの無い酒精に挑戦しては、玉砕している少年達。
宴を楽しみながらも、給仕に忙しい女性達。
……そんな輪が、あちらこちらで見受けられた。
ハンフリーのように、静かに黙々と酒を飲む者。
ゲオルグのように、強烈に甘い菓子と、強烈に度数の強い酒精を一度に嗜んで、嫌な顔をされる者。
マイクロトフやカミューのように、仲の良い者同士、語り合い続ける者。
息子のクラウスに心配されながらも上機嫌で酒を飲むキバや、キバと共に昔の武勇伝に花を咲かせるリドリーや、マクシミリアンやハウザーのような者達。
こういった席が苦手で、グラスと酒瓶を失敬して会場から消えた、シュウやルカのような者達。
そんな、輪もあった。
けれどそれらは、どれもこれも小さな輪で、会場内に出来上がった最も大きな輪の中では、酒豪を自負する者達が集って、無謀、とも言える呑み比べに興じ始めており。