……何故、あの賊──ルシア、という名前らしい異国の部族の族長をセツナが逃がしたのか、それを知っても。

複雑さを増しこそすれ、カナタの機嫌が直る兆しは見られなかった。

『溺愛』中の彼から聞かされた『理由』、それは非常にセツナらしい言い分で、故に、カナタはセツナに、もうそれ以上の何かをぶつけることはしなかったけれど、それはそれ、これはこれ、という奴で、セツナを亡き者にしようとしたルシアや、そんな彼女が肩入れしている様子の、且つ元々から『気に入らない』ハイランド皇国や、セツナの命が狙われ掛けた事実そのものに対して彼が感じる、彼独特の、彼にしか理解出来ない憤りは、沸々と湛えられ続け。

その反動故なのか。

単に、何時もの『溺愛』が発揮されたが為か。

グリンヒル・ミューズの関所付近で戦っていたハウザー達より、ハイランド軍を退けること叶った、との報告と、グリンヒルに赴いて欲しい、とのシュウよりの報告を受け終え、ならば、と腰を上げたセツナに付き従って、カナタは、学園都市グリンヒル──即ち、未だに勝敗は決していない戦場、そこへ、自ら足を運んだ。

ビッキーの魔法で送り届けて貰ったグリンヒルにて、将軍キバは、

「結局、盟主殿に御足労願うことになってしまいまして…………」

後方に遠く窺えるグリンヒルの市門を軽く振り返りながら、申し訳なさそうにセツナ達を出迎えた。

「思っていた以上に、グリンヒルの市門は堅牢でして。それ故に」

キバの後に従って姿見せたクラウスも、少々困り果てた様子を見せながら、セツナとカナタを見比べた。

「そんなに、堅いんですかー……。でも、堅いってだけで…………?」

「……そうだね。セツナから聞いた話では、先日の軍議の席で、グリンヒルの市門の件に関しては充分検討された、ってことだった筈だけど? 現ハイランド皇王殿が、この街を攻めた時の事情もあるし。何よりこの軍には、ここの市長代行のテレーズがいるのだから。想像以上に堅牢、と言うだけで、攻め倦ねると言うのも、おかしな話では?」

グリンヒル市の正門へと続く石畳の道の途中にて、自分達を出迎えてくれたキバ親子の話を聞き、セツナとカナタは、二人揃って首を傾げた。

「ええ、まあ……」

「例え、市門や塀沿いに、弓矢隊が配置されているにしても。……まあ、近付くのは厄介だろうが、それだって、想定の範囲内だろう?」

そして、そのままカナタは、自分達の言い分を肯定したクラウスに、更なる疑問を放ったが。

「壊すだけでいいのでしたら、何とかならないこともないのです。被害は……少々酷くなりますが、あの市門を破壊するだけでしたら、魔法兵団に一任すれば恐らく、何とかはなるのでしょうけれども……」

「…………も? 未だ、何か?」

「『黒騎士』……と呼ばれている男──

──…………ユーバー?」

「はい。その者が今は、グリンヒルに駐屯しているハイランド側の将のようですので」

「……成程」

「調べでは、私や父上が同盟軍に与した後、レオン・シルバーバーグが何処いずこより連れて来た者とのことですし、私は彼を知りませんが。……余り、良い噂を聞きません。こちらが市門を破壊し、強行突破をしたら、何を仕掛けてくるか全く見えない相手です」

何故、こんな所で躊躇う? と、そう言わんばかりのカナタの疑問に、クラウスは、ハイランドの将のことを語った。

「…………ユーバー、か…………」

すればカナタは、何故かムッとしたようにその将の名を音にし、暫し黙り込み、

「盟主殿。そういう訳で、シュウ殿にも意見を求めてみましたが。敵方には、こちらがグリンヒルを攻め倦ねていると思わせておいて、その隙に少数の手勢で内部へ潜り込み、悟られぬ内に市門を開け、奇襲の形を取り、一先ずハイランド軍をグリンヒルから追い出すのが良かろう、と言うことになりましたので」

「あ、じゃあそれ、僕行って来まーーす」

盟主殿のお力を、と告げたクラウスに、セツナは即答した。

「……そうして頂けますか? 心苦しいですが……」

故に、心底すまなそうにクラウスは頭を垂れ。

「セツナが行くなら、私も行くっ!」

それまで、セツナとカナタの脇で黙って話を聞いて来たナナミが、声を張り上げ。

「セツナ様。グリンヒルの市内へと続く抜け道、私に案内をさせて下さい」

彼等の傍に控えていた一団の中から、テレーズが一歩前に進み。

「お嬢様…………」

「止めても無駄ですよ、シン。私が行かないで、誰が行くと言うのですか?」

「………………。……セツナ様。私めも、一行に加えて頂けますか」

テレーズとのやり取りの後、彼女の付き人シンも、同道を願い出たので。

「なら、えっと……。後、誰がいます? ビクトールさん達は、ハウザーさん達の方行ってますよね? あ、ルックがいる筈だから、ルックとー。シンさんには、テレーズさん守って貰わないとならないから……後、は…………えっと……。そうだ、シエラ様がいたっけ。──じゃあ、ルックとシエラ様と……それから……ペシュメルガさん。呼んで貰えますか?」

くるっと、己を取り囲んだ人々を見回してセツナは、道案内役に、テレーズと、テレーズの護衛のシンを伴い、己と、カナタと、ナナミと、それに、ルック、シエラ、ペシュメルガ、と言った、本当に少数の手勢のみで、グリンヒル市内へ潜り込むと決めた。

……彼が何故、そんな人選をしたのか、その全てを確かに知るのはカナタ一人だけだったけれども、仲間達の名前を告げられたクラウスは、セツナの望み通り、自身達の部隊に同道していた三名を呼びに走らせ。

私がセツナのことを守るんだから! と意気込むナナミや。

この上、僕に働けって言う訳? と細やかに憤慨してみせたルックや。

昼日中から……、と眠た気な顔を隠そうともしないシエラや。

唯、無言を貫くペシュメルガ、どうしても強張りを取り去れないでいるらしいテレーズとシン、そして。

「ユーバーか……。ユーバーねえ……。この間はティントで、害虫吸血鬼と再会する羽目になったって言うのに。今度はユーバーか…………。あちら側にいるらしいって、話には聞いてたけど…………」

只でさえ機嫌が宜しくないと言うのに、ユーバーの名を聞かされてより、眉間に皺を寄せ続け、ぶつぶつ、何やらを言い募っているカナタと共に。

「いってきまーーーす!」

キバ達に元気良く言い残してセツナは、深い森の中へと分け入って行った。