潔くある、ということも、戦士の有り様だと彼女は思っているのだろう。
この男と刃を交えてみても、到底勝てない、そう悟って、胸許に突き付けられた棍の先を、ゆるり、片手で押し退けるとルシアは、族長の危機を察して控えていた森影より飛び出て来た己が部族の者達をも促し、道を譲った。
……だがそれでも、セツナ達一行の中にいたテレーズには言い募りたいことがあったようで、テレーズの姿を認めた途端、彼女は再び、戦いが始まる前の鋭さを取り戻し、先代のカラヤクランの族長──即ち彼女の父親が、テレーズの父や、マチルダ騎士団のゴルドーの策略に嵌められ、毒殺された出来事を強く語り。
その日その時まで、その事実を知ることなかったテレーズが、何時の日か必ず、どれだけ時間が掛かっても、己が父の名に泥を塗ることになろうとも、真実を明らかにする、とルシアへと誓う、そんな一幕もあったが。
ルシアやカラヤクランの者達を無事に退けること敵えたセツナ達はそのまま、森の警備に当たっていたハイランド小隊との戦いを幾度かやり過ごすのみで、グリンヒル市内への潜入を果たした。
森を抜け、その当時は未だハイランドの軍団長だったジョウイによってこの市が陥とされてより暫く、テレーズが身を潜めていた小屋をも抜け、ニューリーフ学園の裏手へと達し。
グリンヒル市の象徴である市長代行の帰還、同盟軍盟主自身がグリンヒルの為に手を差し伸べてくれていること、その事実を、突然現れたテレーズやセツナの姿より察し、こぞって協力を申し出て来てくれた学生達や市民達のお陰もあって、彼等は、ハイランド兵達の目を逃れ、隠密のまま市門近くへ向かった。
………………キバ達より分かれて、数刻。
辿り着いたそこは、罠でも張り巡らされているのか、やけに静かだった。
家々の窓、裏道の角、そんな場所から怖々、戦況がどうなっているのかを窺っている、グリンヒル市の人々の影しか見えず。
市門や塀を取り巻いた、同盟軍部隊と交戦中である筈のハイランド軍の姿は、一人とて。
「………………どうしてだと思います?」
故に、ひょいっと、市門に程近い邸宅の影より首だけを覗かせ、辺りを窺い、セツナは首を捻りながら、隣のカナタを見上げた。
「可能性は二つだね。勝ち目のない戦いと踏んで逃げたか。さもなくば……」
どれが正解でしょうね、と問いた気になった薄茶色の瞳へ、カナタは答えを返した。
「……さもなくば…………、の方ですかね、やっぱり」
「…………多分ね」
「定番ですもんねー」
「芸のない話だけどね」
戻された答えに、うーむ、とセツナは唸り。
軍人っていうのは、つまらない生き物だから、とカナタはしたり顔をし。
「……何時までも、下らないこと言ってるんじゃないよ。本当、お馬鹿なんだから…………。────いる、よ」
何がどうなっても調子を変えない二人へ、呆れたように、ルックは警告を発した。
「そうじゃの。いる、の」
「…………ああ。いる、な」
カナタとセツナの後頭部を、パカンッ! と殴りたそうな素振りを見せつつルックが告げれば、シエラとペシュメルガも又、それを肯定し、
「意見は満場一致、か。……じゃ、行こうか、セツナ」
「はーーい。……テレーズさん、離れてて下さいね。シンさん、宜しくです」
本当に芸がない、と言い合いながら、カナタとセツナは揃って潜んでいた物陰より出、市門へと歩き始めた。
そうして。
後、数歩も進めば、固く閉ざされた市門の閂に手が掛かる、そんな場所まで彼等が進んだ時。
「お前が……あの紋章を受け継ぐ者か……?」
ゆらり……、と辺りの『空気』が歪んで、漆黒色の甲冑で全身を固めた騎士、ユーバーが、歪みの中から姿を見せた。
「……輝く盾……のこと……?」
眼前に立ちはだかり、じっと己のみを見詰め、低い声で呟いた彼の問いに、セツナは、ん……? と首を傾げてみせたが。
「紋章を受け継ぐ者。呪われし子。…………我が、憎悪の元凶。我が、悪夢の元凶……」
セツナの言葉も様子も、ユーバーは微塵程も気に留めず、唯々、一点のみを見詰め続け、
「……我が僕! 悪夢より現れし別天地の化け物により、この世界から消え去れ!!」
それだけを言い残し、姿見せた時のように歪みの中へと掻き消えた。
「え、ちょ……──」
「──セツナっ!」
……………………一体、何を言われたのか。
突然現れ、突然消えた、正体不明の黒騎士が、一体何を以て、呪われし子、と言い、憎悪の元凶、悪夢の元凶、そう言い放ったのか。
それがセツナには理解出来ず、咄嗟に彼は、消えて行くユーバーへと紋章宿る己が右手を伸ばし掛けたが、虚空を辿った指先は、パッとカナタの手に捕まれた。
「来るっ」
「え、あ……。はいっ!」
だから、消え去ったユーバーと入れ替わるようにその場に姿見せた異形のモノへセツナは意識を引き戻され、仲間達と共に、ユーバーが残して行った別天地よりの化け物──骨のみで象られた竜の姿をした魔物と戦い始めた。
「惚けてるんじゃないよ、お馬鹿っ!」
ユーバーが吐き捨てた科白の所為で、構えを取るのが一瞬遅れたセツナを庇うようにしながらも、悪態を吐きつつルックは風の魔法を唱える。
「闇の世界の魔物、か。────『鈍らせる』程度の手伝いならば、してやらぬこともない」
その横で、チラ……と魔物を一瞥したシエラは、伝わる魔物の波動を確かめ、ふぅ……っと、月の紋章宿る左手を輝かせて、
「セツナ、大丈夫っ!?」
ナナミは義弟へと叫びながら三節根を、ペシュメルガは無言の内に剣を構えて魔物へと挑み、セツナが、額に宿した蒼き門の紋章の詠唱を紡ぎ始めた傍らで。
「聖者のものであろうと、魔物のものであろうと。魂は、魂」
棍を掴んだままの右手を持ち上げ、カナタは。
『裁き』を放った。