「……どうして? 君が、同盟軍の盟主である必要なんて、何処にもないだろう……?」

友として訴えた懇願をセツナに拒絶され、ジョウイは、困ったように、そして悲し気に呻いた。

「…………だって。……だってね、ジョウイ、セツナは、セツナは…………。──そ、そうだよ! ジョウイが、ジョウイがハイランドの皇王を辞めちゃえばいいじゃないっ!」

そんなこと、出来ない……と、はっきり音にした義弟と、拒絶に困惑を見せるジョウイをおろおろと見比べ、二人の仲を取り持つように、ナナミが間に割って入った。

「ナナミ、それは出来な……──。……そうか。そういうことなんだね。僕がそうであるように、セツナ、君にも大切な、捨てられないモノが出来たんだね……。……そうか、そういうことなんだ…………」

が、必死に言い募る幼馴染みにジョウイは言葉を返し掛け、ふと、その『事実』に気付き。

「時が、流れ過ぎ。……お互い、昔のように、とは……いかないんだね……」

彼は、何かを会得したように、一人静かに、深く頷いた。

「……ね、ねえ、ジョウイ? ジョウイは、ハイランドの皇王様になったんだよね? だったら、ジョウイが戦争を止めるって言って、ハイランドがミューズから引き上げれば、それで丸く収まるじゃない。ね? そうでしょう? 私の言ってること、間違ってないでしょう? だからね、ジョウイ……っ」

しかし。

何処までも、諦めきれぬようにナナミは更に言い募り、

「ナナミ。……それじゃもう、駄目なんだよ」

「どうして? 何で? 判らないよ、そんなの! こんなの、ルカ・ブライトが始めた戦争じゃない! ミューズを攻めたのも、ハイランドと都市同盟がこんな風なのも、全部全部、あのルカ・ブライトの所為で、あの人はもう疾っくに死んじゃっててっ! これ以上戦争を続けなきゃいけない理由なんて、何処にもないっ! ジョウイとセツナが戦わなきゃいけない理由なんて、何処にもないっ! 私は只、昔に戻りたいだけっ! だからこうして、セツナと一緒に戦ってるだけっ! ジョウイだって、そうでしょうっ? 昔を取り戻したいから、戦ってるんでしょうっ? 昔に戻りたいから! セツナと戦いたくないから! 友達だからっ! 私達には、私達しかいないからっ! だから、逃げろって言いに来たんでしょうっ!!」

終いに彼女は、泣き叫ばんばかりの訴えを放つ。

「…………そうだよ。これ程の危険を犯しても、逃げて欲しいって、君達に言いに来るくらい。僕だって、そう思ってるよ。僕が、何を捨てられないにしても。セツナとは、戦いたくないよ。セツナには、捨てられないモノを捨ててでも、逃げて欲しいと思うよ。僕はセツナとは、戦いたくない。……例え、他人の目には、恐ろしい程滑稽に映っても。僕にとっては、君達二人を守ること、そのことだけに、意義がある。それだけに、意義があって、意味があるよ」

……でも。ジョウイは軽く俯き、ナナミより眼差しを逸らし、

「…………けれどね。この紋章を宿したあの時から。僕達が戦うことは、決まっていたのかも知れない。……運命、だったのかも、知れない」

運命、という言葉を口にした。

「……紋章の所為だって、そう言うの? ジョウイの意思じゃないって、そう言うの? セツナも、ジョウイも、紋章を宿したから、だから、戦うって言うの? それが、運命だって言うの? だったら、そんな紋章、捨てればいいじゃないっ! 外してしまえばいいじゃないっ。運命なんて言葉、私は信じないっ!」

すれば、ナナミの声は絶叫に近くなり。

「何と言われても、もう構わない。……僕は唯。何が運命だったのだとしても。僕は、僕の想いを掴み取り、セツナ、君は君の想いを広げたんだ……って。そう思いたいし、そう思うよ。そして、その為に君と戦うことになるのなら……僕は、もう………………」

語り続けるジョウイの声は、物悲しさを増し。

「………………運命の、何を判ってるって言うの? ジョウイ」

ナナミの絶叫とも、ジョウイの物悲しさとも、遠く離れた静かな声で言い、半身を隠していたカナタの背より抜け出たセツナは、瞳も揺らさず幼馴染みを見詰めた。

「……セツナ…………?」

その彼の声が意外だったのか、ジョウイは僅か、瞳を見開いたが。

「ううん。……何でもない。──兎に角。ジョウストンの丘でも言った。僕には、逃げるなんて出来ない。最初から、何も彼も、僕達だけの問題じゃなかった。……ジョウイが言ったみたいに。時間は流れて、僕だって少しは、前に進んだよ……」

セツナは、何処か淡々と想いを語り、又、カナタの服の袖口を掴んで、

「……僕、もう、行くから」

くるり……と、幼馴染みへ背を向けた。

「セツナ。僕は、ハイランドの皇王として。この地に、新しい秩序を打ち立てる為に、戦う」

ふいっと、何かを断ち切るように向けられたセツナの背へジョウイは告げ、彼も又、踵を返した。

「ま……待ってっ! 待って、セツナも、ジョウイもっ! お願いっ! 昔みたいにっ! 又、昔みたいにっ! お願いだからっ!!」

袂を分かち、去り行こうとしている幼馴染みと義弟の双方へナナミは手を差し伸べたが、それを取る者は、おらず。

ジョウイが現れてより一度足りとも口を開こうとしなかったカナタと共に、セツナは歩き始め。

「さよなら……。セツナ……」

ジョウイも歩き出し。

「どうして……? どうして、こうなっちゃうの…………っ。ねえ、どうしてっ!」

消えゆく幼馴染みの背へ、どうして……と、その言葉のみをぶつけたナナミは、目尻にうっすらとした涙を浮かべ、義弟の後を追った。