セツナも、カナタも、ナナミも。
何一つ語らず、無言のまま寄宿舎へと戻ったら、そこでは相変わらず、軍師達や将軍達が何やらを話し合っていた。
「ああ、セツナさん。戻られましたか?」
パタリ、静かに扉を開いて談話室に帰って来たセツナ達の姿を見付け、早速、アップルが声を掛ける。
「うん。……えっと……どうかした?」
学園裏手の森にてジョウイとの邂逅を果たしてしまったとは、おくびにも出さず、何時も通りの態度でセツナは、議論が白熱している途中だったような雰囲気漂う室内のそれを敏感に感じ取りながら、アップルに応えた。
「協議の途中だったんです。……実は、マチルダ騎士団が、ハイランド軍に降伏したらしい、との知らせが入って。…………マチルダが降伏したとしても、グリンヒルを我々に奪還されたことは、ハイランドにとって、かなり痛手の筈ですし、負け戦の果て追われるように、敵側はミューズへと撤退して行きましたから。グリンヒルは奪還され、痛手を被ったのに、降伏して来たばかりのマチルダを押さえる為の兵を、ハイランドは割かなくてはなりません。……ですから、圧倒的有利に立っている、この機に乗じて、ミューズの奪還に討って出るべきだ、と」
すればアップルは、ああ……と、今、どんな話がどう進んでいるのかをセツナへ語り、
「ミューズ……へ? このまま?」
「はい」
「……………シュウは、何て?」
へっ? と目を丸くしたセツナを他所に、あれからずっと黙りこくっていたカナタが、アップルを見た。
「一寸、悩んでるみたいです。……ミューズへの進軍を、進言したのは私なんですけれども……。戦には、時の流れと勢いが、ありますから」
「……成程ね。…………部外者の僕が言うのも何だけど。うん、良いんじゃないかな、その策。アップルの言う通り、戦には、時の流れと勢いがあるから。それを利用しない手はないし。こちらに余力があるのなら、敵を叩ける時に叩いておくのも正しい手だ。……幸い、同盟軍は今度の戦いでも、大した被害は被っていないようだからね。グリンヒルを奪還した今、マチルダの動きにさえ気を払っておけば、関所を越えてミューズに進軍しても、後方支援も補給路も問題なくなる」
ほんの一瞬、何かを深く思い、ぱっと頬に笑みを浮かべたカナタは、彼女の策に同意を示す。
「そうですか? そう言って貰えると、自信が付きます」
「お、カナタ。良いこと言うじゃねえか。このままミューズを取り戻すってのには、俺も賛成だ。勢いに乗じて、ハイランドの連中をミューズから叩き出してやる」
横でカナタの笑みを見遣っていたセツナは、「…………あ。マクドールさん、何か企んでる……」と感じたけれど、アップルも、端でそれを聞いていて会話に混ざったビクトールも、カナタの言葉と笑みに純粋な盛り上がりのみを見せ、
「……判りました。では…………──」
胡散臭そうにカナタを睨みながら、シュウは軽い溜息を付いて、頭の中で手早く纏めたミューズ奪還の為の指示を出し始めた。
「このまま、頑張ろうな、セツナっ!」
「うん。頑張るっ」
「心配するな、俺達が付いてるんだから」
「勿論、期待してるー」
それまでミューズ攻略を渋るような素振りを見せていたのに、一転、アップルが進言した策に同意し始めた正軍師の態度を、腹を括ったが為のそれと受け取り、ハイランド──即ちジョウイを倒す、と意気込んでいる人々に、ナナミが唇を噛み締めたのにも気付かず、ビクトールもフリックも、唯々高揚を見せ。
セツナは笑って、それに応え。
「……………シュウ。一寸」
ミューズを取り戻す為の戦いは、アップルとクラウスの両名に任せ、己は一団を率いて本拠地の守りを堅める為に帰城する、と言い出したシュウを、話し込む人々の隙を突いて、そっとカナタは呼び止めた。
「マクドール殿、何か? …………盟主殿の不利益になることは、一切為さらない貴方ですから。貴方が、何か良からぬことを企まれようと、私は一向に構いませんが。アップルや、ビクトール達を出しにするのは、お止め頂けませんか」
少しだけ話がある、と何気ない風を装ったカナタに呼ばれたシュウは、溜息を吐き出し、振り返る。
「それに関しては、詫びても良いけど。アップルが言い出した、ミューズ市奪還の策の成り行きに関する見解も、それが齎すことへの見解も、僕と貴方の意見は等しいだろうからね。貴方が止めないんだ、別に構わないだろう? ……それよりも。一寸、頼みがあるんだけど」
が、喜怒哀楽の表現が乏しい鉄面皮の正軍師に真っ正面から見遣られ、苦情を述べられても、カナタは肩を竦めるのみで受け流し。
「……頼み? 貴方が、私に?」
「…………ああ。──何を命じられても、何が起こっても平気で、一切を他言無用に出来る、貴方の息の掛かってる手勢。少し、貸して欲しいんだけど」
「……おりませぬよ、そのような者は」
「ご謙遜を。そちらにはそちらの駒がいるだろうに。どうしたってセツナには──否、同盟軍には大っぴらに見せられない、知らせられない『仕事』をこなす者達が。……いて、当然の筈だけど? だからそれ、一寸貸してくれないかな」
「何故?」
「一寸、ね。必要なんだ。──あの時と似たようなこと、と思ってくれないか。ハイランドに和平交渉を持ち掛けられたあの時。セツナの心に痼りを残さぬようにと、貴方が打った手と似たようなこと、と。………………相応の対価を払わせないと、気が済まない」
「………………。……判りました。ですが、私がお貸し出来るのは、本当に僅か──三十名程です。ご承知下さい」
「有り難う。充分過ぎるよ。……心配はしなくて結構。貴方の利害と、僕の利害は、今回のみ、とても一致しているから。──あ、そうそう。それから。『成り行き』で、ミューズに行くことになったようなものだから。僕も、このままセツナに付き合う。承知しといて。大丈夫、『戦争』に手は貸さないから」
────談話室の片隅で、密やかに、これより直ぐさま向かうミューズの地にての戦いに血気逸らせている同盟軍の面々より、隠れるようにして。
カナタは、眉間に寄せた皺を取り去らずにいるシュウへ、それだけを依頼し、一応は頼みを聞き届けてくれた彼へ、心配することは何もないから、と言い置き、
「セツナ。じゃあ、このままここで、って訳にもいかないし。そんなつもりもないから。僕も、ミューズまで付き合うよ。……良い?」
彼は軽やかに踵を返して、ビクトールやフリック達に取り囲まれ続けているセツナの許へ戻った。