戦の後に生まれる『戦場』である、負傷者の手当ての為の場所は、この上もなく、ごった返していた。

ホウアン医師や、トウタやその他、治療の術に長けた者達が、忙しそうに立ち振る舞うのを横目で眺め。

カナタは首を巡らす。

……と、その『戦場』に、渋い顔を作らざるを得ない想像通りの姿で在る、『彼』を見付け。

やっぱり……とカナタは、溜息を零した。

────カナタの視線の向こう。

負傷者達を集めたこの場所の中でも、生死の境を彷徨っている、数十名の兵士達を集めた一画に、セツナの姿はあり。

そうっとそうっと、彼は。

仄かに、右手の紋章を灯らせていた。

見詰めるカナタの瞳の中で、セツナは幾度も、それを繰り返し。

何とかなりそう、と云う目処が立ったのだろう、にっこりと笑って立ち上がり、その一画より離れた。

だからカナタはその後を追って。

「…………セツナ」

不意打ちで、背後より少年を呼んだ。

「ひえっっ」

掛けられた声に、ビクっとセツナは身を強張らせる。

「…………おいで」

──彼等二人が、無防備に立ち尽くしていても、誰も気に留めぬ程に殺気立っている、その場所より。

カナタは穏やかに、セツナを連れ出した。

そのまま彼は、近くの森の中へと紛れ、古木の影に、少年を伴い座り込む。

「えっと……その……。えーーーーーーと……」

──怒ってる訳じゃないよ。……でも、何時も、あんなことしてるの?」

「何時も、って訳じゃないですけど……。今日は一寸、『危ない人』が多かったから……それで……。……ホントに。本当に、何時もって訳じゃないんです。だって……何時もは、『危ない人』なんて少なくって、悲しいですけど、僕も、ホウアン先生も待たずに、死んじゃう人……ばかりだし……」

さて、何と言い訳しよう、と。

どうやらそれを真っ先に考え始めた彼の、隣に座ってカナタが緩く見下ろせば、わたわたと、セツナは『事情』を告げた。

「…………そっか……。成程……」

セツナの云うことに、カナタは唯、曖昧に笑う。

そうして、彼は。

ふいっとセツナの体を掬い、己が膝上へと抱き上げ、両腕で、抱え込んだ。

包んだ体は、相変わらず熱い。

息遣いも、荒い。

頬は火照っているのに、顔色は、青褪めている。

抱き締めた腕に、ほんの少し力を込めたら、ゆるゆると、四脚の力が抜けて行くのが感じ取れた。

「疲れたろう? 少し、お休み」

二人きりなった所為で、押えが効かなくなったのだろうセツナに、優しく、カナタは云う。

「でも……」

「いいから。僕が付いてる。ゆっくり、お休み。…………それくらいしか、僕にはしてあげられない」

「…………マクドールさん…………」

囁かれた声の方へ、上目遣いを向ければ。

軽く、押さえたトーンが返され。

セツナは微かに、顔を顰めた。

「……マクドールさん」

それでも彼は、俯いて。

カナタの名を呼びながら、その胸に、頬を預ける。

「何?」

「傍に、いて下さいね? ……僕の傍に、いて下さいね。僕、マクドールさんの傍にいますから。…………僕の傍に、いて下さいね…………」

「……ああ。君が望む限り。僕は君の、傍にいるよ……」

少しずつ、少しずつ、その身を預けて来るセツナを、深く腕に抱いて。

傍にいて下さいね。傍いるから、傍にいて下さい……と、そう言うセツナの耳元に、静かな応えを返してカナタは、最後に、眠りなさい、と囁いた。

囁きに、こくりと頷き、セツナは双眸を閉ざす。

それ程の時を要さず、苦し気な、不規則な息遣いを洩らしながらの眠りに、彼は落ちた。

────寒気を覚えているのだろうか。

時折、セツナの体が震えた。

その都度カナタは、縮込められたセツナの指先を、己が手で包み。

この場で与えられる、最大限の安堵を、セツナに齎した。

「…………不様だな……本当に……」

震えを感じ取る度に与えてやる、宥めの行為を繰り返しても、一層呼吸を不安定にさせて行くセツナより、金冠を取り去り、額にそっと、唇を寄せ。

カナタはぽつり、呟く。

何も彼もがどうでもいい世界の中で、胸にたった一つだけ灯る、どう足掻いても消せない想いの為に、何一つ、厭わないのに。

己は余りにも無力過ぎる、と。

そんな想いが、彼にその独り言を、再び呟かせていた。

己に可能な限り、『大切』な少年の前に立ち塞がる万難を排除しても。

セツナは、『皆幸せって云うのが、僕好きなんです』、そんな想いを貫く為に、自らを削り続ける。

…………一度ひとたび『立てば』。

自らを削り続けるセツナのその行為の、根本を断ち切ることすら、己には出来るのに。

何も彼もが、どうなろうと構わない、己にはそれが叶うのに。

何も彼もがどうでもいい世界の中で、胸にたった一つだけ灯る、どう足掻いても消せない想いの所為で、結局それは、叶わない。

『想い』の為に、己は『立たない』。

……己自身にしか判り得ないその事実が、余りにも哀しいような気が、微かにして。

カナタは唯、深く深く、セツナを抱いた。

………………だが、彼は。

瞬く間に、伏せていた面を、真直ぐに上げる。

『溺愛』して止まない少年を抱き締めながら、前を向いた彼の漆黒の瞳は。

遥か遠い彼方のみを、見詰める色宿していた。