「…………丁……度、十五分っっ!」
右側面を攻めて来た、皇国側の部隊と戦っている最中。
気合いとは違う声を、セツナは放った。
「ゆとり見て……後五分っっ」
その身に、時刻む物を帯びている訳でもないし、そもそも、そのような物を持っていたとしても、眺めている余裕など有りはしないのに。
セツナは正確に、カナタが消えてより経過した時間を言い当てていた。
「紋章使ったら……怒られるかなあ………っ」
伏兵とのやり合いに向かう途中、主を失ったらしい空の馬を見付けて、飛び乗っていた彼は、馬上にて、繰り出される槍を退けつつも、どーしよ……と首を傾げる。
「怒りはしないけどね」
「あっっ。マ………。────えーーーと……」
「──お待たせ、セツナ。左は片付いたよ」
十五分だけ、耐えて、と。
そう言った当人が、ほぼ言った通りの時間に、姿現したのを受け、にこぱっ、とセツナは向き直り、が、ここで、マクドールさん、と云う名前を口にする訳には、と躊躇い。
口籠ったセツナに、もう平気、とカナタは笑い掛けた。
「じゃ、そろそろ、行きまーーすっ」
準備万端、と云った感じの、カナタの笑みを見て。
セツナはピン、と背筋を伸ばす。
「はい、どうぞ」
何かを始めようとしているセツナの為に、露払い、とばかりに、小うるさい槍や剣の相手を、カナタはし始めた。
「北側より攻め入った、皇国側の伏兵部隊は全滅したっ! 残るは南の部隊のみっ! 大将首のみを目指せっ!」
小声で、「あー、舌噛みそう……」と呟きながら、馬上で、半ば立ち上がりつつセツナは声を張り上げる。
「オオーーーっ!」
総大将の叫びに応え。
同盟軍の部隊からは、兵士達の高ぶりが湧いた。
──常ならば、ここで。
セツナは、その先頭に立つのだけれど。
今日ばかりは大人しく、敵陣に突っ込んで行く、己が仲間達を彼は見送り。
「お疲れ様」
カナタはセツナの乗った馬の、手綱を取った。
「無事、終わりそうですね。…………有り難うございました。御免なさい、迷惑掛けちゃって…………」
トコトコ、シュウ達のいる場所へと馬引かれながら、神妙な態度をセツナは見せる。
「いいの、気にしなくて。……今日は、特別」
そんなセツナに、カナタは唯、微笑みだけを注いだ。
多少、予想外の事態が起こりはしたものの。
痛み分けにはならずに済んだ戦いが終わった後。
何処に隠していたのやら、何時も通りの服に着替え、若草色のバンダナも巻き、天牙棍をも携え、さも、たった今、様子を見にやって来ました、と云う顔をして、ふらり、『後始末』に忙しい、同盟軍本陣を覗いたカナタは。
「………………あれ? セツナは?」
そこに、求めた少年の姿がないことを知って、たまたま近くに居合わせた、キバとマクシミリアンに声を掛けた。
「おお、カナタ殿っ!」
問い掛けに振り返ったマクシミリアンが、つかつかと彼に近付き、バシバシ、威勢よく、その肩を叩いた。
「痛いって……」
「安心致しましたぞ、儂はっ。久方振りに、カナタ殿のあんな顔を伺うことが出来てっっ!」
思いきり叩かれた肩が訴える痛みを、カナタは素直に口にしたが。
カナタの苦情など、老騎士は聞き入れず、今度は彼の両肩を掴んで、ブンブンと揺さぶった。
「よ……良かったね……。──で、セツナは?」
或る意味、カナタ以上に己の調子を崩さないマクシミリアンへ、はは……と誤魔化し笑いを浮かべて見せ、彼はキバへと視線を流す。
「盟主殿なら、先程ホウアン医師のいる方へ向かわれましたぞ」
未だに、マクシミリアンに揺さぶられ続けているカナタへ、苦笑を送ってキバは、セツナの行方を教えた。
「あ、そう。有り難う」
「ああ、マクドール殿」
盟主殿ならあちらに、と。
指し示した方へ、マクシミリアンを何とか振り切り、向かおうとしたカナタへ、キバは声を掛ける。
「……? 何か?」
掛けられたそれに、彼が振り返ってみれば。
物言いた気な表情を湛え、キバは静かに、頭を垂れた。
「そんなことされる覚え、僕にはないよ」
故にカナタは、鮮やかに笑って、二人の武将に背を向け。
身軽な風に、教えられた場所を目指し。
「ホウアンの所に……って。熱でも上がったのかな……。──────…………って、まさか。……いや、有り得る……」
軽々歩きながら、独り言をも洩らして。
想像してしまったことに、僅か、渋い顔を作った。