その戦いは。

グリンヒルとミューズを結ぶ関所に程近い辺りで行われた。

ハイランド側は、ミューズとの関所側を背に。

同盟軍側は、グリンヒル側を背に。

それぞれ、陣を布いた。

ミューズ地方とグリンヒル地方を隔てる山を後ろに、錐行の陣をハイランド側は布いたらしい。

この戦に関してのみ語るなら、兵力に於いては同盟軍側に歩があったので、敵陣を分断する為に、ハイランド側はそれを選択したのだろう。

最悪、の話ではあるけれども。

皇国側は、この戦いに勝利せずとも構わないのだ。

犠牲を極力押さえて、今は皇国の占領下にある、ミューズ市か、さもなくば、学園都市・グリンヒルへと逃げ込めれば、この戦を終わりにすることは敵う。

一方、近々、とは行かずとも、グリンヒルを奪還したい意志を持つ同盟軍側は、少しでも、この地方に駐屯するハイランド側の勢力を、削いでおきたいのが実情であるし。

この戦い、叶うことなら迅速にカタを着けたい、と云う事情があるので。

「六花曲陣……か。ま、そんなトコだろうね」

馬上から、くるりと辺りを見回して、ぽつり、カナタは呟いた。

──六花曲陣は、部隊を、八の字、又は逆八の字に展開させる。

そして、その前面には──

「本気で、とっととカタを着ける気かな」

──…………くるり、と辺りを見回して、独り言を呟いた後。

見回したその先に、霞む程の大きさで、魔法兵団と、弓矢兵団が犇めいているのを見て取り。

過剰労働、って、後でルックが文句言い出しそうだなあ……と内心で考えながら、ま、苦情を受け止めるのは僕じゃないし、と彼は、隣のセツナを見遣った。

良くしたもの、と云うか、流石、と云うか。

いざ、戦いが始まると云う段になった途端、熱の所為で、何処かぼやあ……っとしていた表情を、ぱっと常のそれに戻し、正軍師の言葉に、セツナは耳を傾けている。

尤も、セツナのぼやあ……っとしたそれに気付いていた者は、カナタ、シュウ、そしてホウアンの三名のみ──今はもう、ビクトールは本陣にいないので──だったから、セツナの表情が移り変わったことなど、知る者は少ないのだろう。

故に、そんなセツナの様に、一応は安堵を見せつつ。

「だけど、この陣…………──

カナタは少々、考え込むような目を見せた。

────此度の戦。

数の上では、同盟軍が勝っている。

布かれた六花曲陣の習い通り、先陣には、『遠当て』の能力を持つ物──則ち、魔法兵団と弓矢兵団が配置されている。

迅速に戦いを終わらせたい、と云う事情を、真っ先に念頭に置き考えれば、カナタも、これを選択しただろう。

……が、欠点が、ない訳ではなく。

「シュウ……殿、一寸」

セツナとシュウの話が終わるのを待って、カナタはシュウを、呼び付けた。

「何か?」

「五分程の間でいいから。セツナのこと、見てて」

「マクドールさん……? どうか、しました?」

呼び付けられたシュウと、それを聴いていたセツナが、同時に、不思議そうな顔をしたが。

「ん、一寸。──大丈夫だから、セツナ」

にこっと、セツナのみに微笑みを向けカナタは、ひらり、馬の背より舞い降り、人々が世話しなく行き来している本陣の向こう側に消えた。

ふらりと消えたカナタが、セツナの傍らに戻って来たのは、鬨の声が上がって、暫く後のことだった。

「何か……気になることでもありました……?」

傍らに戻り、己が乗った馬の、右の鼻先辺りに立ってくれた人へ、セツナは尋ねる。

──高台に昇って、辺りを見て来た。……はっきりとは判らなかったけれど。多分、伏兵がいる」

辺りの様子を気にしながら。

小声で、カナタは云った。

「伏兵……?」

「まあ、あの軍師殿のことだから、計算の内には入ってるんだろうけど。この陣形、側面からの攻撃には、余り強くないからね。ハイランド側も、考えてはいるんだろう。占領した街に逃げ込めば、この戦い、痛み分けで終わらせることが出来る」

「……ああ、そですね。でも多分……このままだと、『余裕』がないですね。……情けないですけど、僕、こんなですし……」

「気にしなくてもいい。その為に、僕はここにいる。…………それよりも、セツナ。無理してること黙ってるから、『こうなる』んだよ。ほんっとーー……に君は、頑固なんだから。僕にはきちんと云いなさいって、何度、僕は君に告げた?」

「……………………あー………。それは、そのぅ……。でもですね、頑固なのはお互い様って奴で……。僕、マクドールさんには、頑固って云われたくありません」

低い声で語り始められたことに、言葉を返している内、段々と雲行きが怪しくなって来て、やがて、ぴしゃりとヤられ。

ばれてる……とセツナは、遠い目をしながら、もごもご、反論を始めた。

「揚げ足取ってる場合じゃないだろう? 『痛がってる』素振りがなかったから、大目に見てたけど。────何も云わないよ。何も、云うつもりはない。そのつもりはないけど………余り、僕の肝を冷やすようなこと、しないでおくれね」

「はぁい…………。だけど……マクドールさん、ナナミよりも凄い、『過保護』なんですもん……」

「何か、言った?」

「いいえ」

「過保護、とか何とか、聞こえた気がするんだけどね。……ま、気の所為ってことにしといてあげる。──くどいようだけど。今日だけは、自分から先陣切っちゃ駄目だよ」

セツナの反論を。

『甘い』言葉と、含みを持たせた微笑みでやり込め。

セツナがきちんと、前を向き直ったことを確かめると。

カナタは、間に合えばいいけど……と、遠く霞む、陣形の先を睨んだ。