「え? だとしたら、何で開いちゃってるんだろ。建て付けでも悪くなっちゃったのかな」

アイリが伸ばした指の先を追い。

ん? とナナミが首を傾げた。

「まさかぁ。セツナ君の部屋に限って、そんなこと」

首傾げつつ、ヤだ、と渋い顔をしたナナミを、ミリーが笑い飛ばした。

「扉が開いちゃってるんだとしたら、何かの弾みで、そうなっちゃっただけだよ、多分」

ケラケラと笑い出したミリーの肩を持つように、テンガアールもそう言った。

「そうね、多分そんなトコよ。でも、珍しいわね。どうせ、あれでしょ? セツナ君のトコ、今日もマクドールさん、いるんでしょ? あの人がいるのに、そのままってのもね」

ミリーとテンガアールの想像を、肯定しながらも、ニナが言った。

「……あー、それは言えてるかも。カナタさんってさあ、解放戦争やってた時から、一寸の物音でも、一寸の気配でも、直ぐに勘付くって有名だったのに。扉開いちゃったのに気付かないなんて、珍しい。……ね? ビッキーちゃん」

すれば、ニナの発言を受けたメグが、ビッキーを振り返り。

「…………そんな話が、あったような、なかったようなー。……………扉開けっ放しで、って云うの、不用心だなー、とは思いますけどぅ」

んー、そうだったかも、と云う顔をしながら、ビッキーは少々、的外れなことを言った。

……そうして。

ナナミの部屋の前に立ち尽くした彼女達が、又きゃいきゃいと、好き勝手なことを言い終えた後。

「いいよ、もしも開いちゃってるんだとしたら、外からそっと、閉めとけば問題ないよ、きっと」

こんなこと、大したことじゃないから、とナナミが、階段を昇り始める素振りを見せたが。

「あ……。あたし、閉めて来ようか……?」

最初に、扉がどうのと言い出した手前か、それともそうではないのか。

一歩踏み出したナナミを制するように、アイリが、怖ず怖ずと申し出た。

「じゃ、一緒に閉め行く? 直ぐそこだけど」

故にナナミはアイリに向けて、悪戯っぽく笑い。

「あ、私も行くっっ。序でに部屋も覗きたいっ! もしかしたら、セツナ君とカナタさんが揃って寝てる珍しい姿、覗けるかも知れないしっ!」

「あっっ。それなら私も私もーーーっ! 覗いてみたーーい、あの二人の寝相ーーーっ! 二人共、あんな顔してて、凄い寝相だったら笑えるしっ!」

メグとミリーの二人が、悪ノリでもしたかのように、騒ぎ始めた。

そして、更には。

「……どうせなら、皆で覗いてみる? トランとデュナンの英雄さん達の、寝顔と寝相拝見、ってことで」

「あ、楽しそうーーー」

「お腹出して寝てるかもねー。どうせ覗くなら、フリックさんの寝顔の方がいいけど」

メグやミリーに引き続き、テンガアールもビッキーもニナも、ナナミとアイリの後に、付き従った。

「珍しいものじゃないと思うんだけどなあ、セツナの寝相なんて。…………うーん、でも、マクドールさんの寝相は、見てみたいかも…………。人間、何処かには欠点、あるって言うし……」

「……どうでもいいけどさ。行くのかい? 行かないのかい? どっちなんだい……」

──なので、と言うか、何と言うか。

ナナミもついつい、『その気』になり。

どうするんだよ……と、アイリは項垂れ。

……結局。

揃って、真夜中の、『盟主殿の寝室』を、覗いてみることに決めた少女達は、そろりそろりと足音を忍ばせ、階段を昇り。

「盟主殿と、トランの英雄殿の、寝相はいけーん」

……とか何とか言いながら、そうかもね、と言い合った通り、その縁に、指が掛けられるか掛けられないか、程度の細さで開いてしまっていた、セツナの部屋の、扉を開いた。

「……お。いい感じ…………」

────ナナミが想像したように、立付が悪くなってしまった所為で、薄く開いていた訳ではない扉は、彼女達の悪戯心に答えるように、音もなく、するすると開き。

少女達はそうっとそうっと、全ての明かりが落とされて、窓辺のカーテンも引かれている、暗い部屋へと踏み入った。

「……暗くて、良く見えないねえ……」

「これじゃ、寝相なんて判らないかも……」

「シーーっ。気付かれちゃうよぅ……」

…………そもそもは。

開いてしまっているだろう、セツナの部屋の扉を、きちんと閉め直すだけの話だった筈なのだが。

もう、当初に掲げたお題目なぞ、どうでも良くなってしまったのか、彼女達は、何故自分達がこうしようとし始めたのかの切っ掛けを忘れ。

彼女達の想像の中では、カナタとセツナの、男のくせに、秀麗だったり可憐だったり、と言った表現が誠に似合う、彼等の外見を裏切って有り余る程に『酷い』──あくまでも、彼女達の想像の中では──寝相を暴くことだけに、熱中し始め。

一歩一歩、床を踏み締めるように、暗闇の中を進んで。

「…………何か、変な呻き声、聞こえない……?」

「これ……? アイリちゃんが聴いた音って…………」

「嘘、気の所為だってば……」

「ちょ……ヤ、ヤだよう、変なこと言わないでよ…………」

何処からともなく聞こえて来た、人の声らしき『音』に、僅か怯え。

次いで、カチリ……と、何かと何かが打ち合わさる──例えば、火打石を使った時のような──音がした時には、

「キャッ!」

……と、少女達は次々、小さな悲鳴を放ちながら、身を寄せ合って蹲った。

「………………あのね。こんな時間に、乙女だろう君達が、男の子の部屋に忍び込むのは感心しないし。予想を裏切るようで申し訳ないんだけど、僕の寝相も、セツナの寝相も、普通」

………………と。

蹲った彼女達の頭上で、光が湧き。

え? と、一塊になった少女達が光を振り仰げばそこには、火の灯った燭台を片手に掲げた、夜着姿のカナタが立っていて。

「お……脅かさないで下さいよおっ…………」

彼女達は又、口々に、カナタへと言い募った。

「……それは、こっちの台詞なんだけど…………。──セツナの部屋はね、お化け屋敷でもないし、肝試しに適した場所でもないんだから。恐いものなんて、出る訳がないだろう? …………と言うか。悪戯心起こして、そんなことしたりするから、そう云う思いをする羽目になるんだよ?」

故にカナタは。

少女達を見下ろして、やれやれ……と、肩を竦めた。