ぽやぁ……っとした風情でありながらも。
墓場の片隅に腰を下ろし、あからさまに『待っている』ようなセツナの態度に、内心で溜息を零して、シエラは、白い蝙蝠の姿から、人形へと戻った。
「妾に何ぞ、用かえ?」
吸血鬼の始祖である彼女にとっては、殊の外心地よい暗所で貪っていた惰眠を邪魔されて、少しばかり不機嫌そうに、シエラはセツナの前に立つ。
「あのですね、シエラ様」
すれば少年は、ぽわっと笑んで。
常のように敬称を付けて、座ったまま彼女を見上げる。
「何じゃ?」
「どうしたら、お化けって見えるようになります?」
「……はあ? 何を云っておるか、御主」
欠伸を噛み殺して見下ろした少年がその時尋ねて来たことは、『お化けの見方』、と云う突拍子もないもので。
シエラはム……と眉を寄せた。
「………ですから、お化けの見方、です」
「繰り返さずとも、聞こえておるわ。──どうして、霊魂なぞ見たがる?」
「お話がしたいからです」
「誰と?」
「内緒です」
「…………面白いことを云うのう、相変わらず」
一瞬だけ、盟主に呆れ。
それでも、何故、と問えば。
幽霊と話がしたいからだ、とセツナが云うから。
フン……とシエラは溜息を吐き。
「幾ら妾が吸血鬼の始祖であろうとも、人である御主に霊魂を見せてやるのは容易ではないぞえ? 第一、面倒臭いしの。しかも、『内緒』、とくればな、余計に。──カーンにでも訊くが良い。さもなくば、御主の気に入りの、カナタ。あれに尋ねるか。あの者は年季が足りぬ若造故、無理かも知れぬが、真実あれが、魂喰らいを従えること叶っておるなら、それくらい、容易であろうよ……否、何れ、容易になるであろうよ。それに。妾には『内緒』でも、あの者には『内緒』でなくとも良かろう? セツナ。……まあ、『内緒』にしとうとも、出来ぬだろうがの」
その強かそうなナリを、クラウスに見せてやりたい、と一瞬セツナが考えた程、強烈な微笑みを頬に張り付け、彼女はシッシ、と手を振った。
どうやら、カーンの所かカナタの元へか。
何れかを選んで、この場よりとっとと消えろ、と云う意思を、シエラは示したらしい。
「カーンさんですねー。有り難うございますー」
が、シエラにすげなくされても。
それが、シエラの優しさであると勘付いているセツナは、話し出した時のように、ほわっと笑って、墓場を後にした。
「あのですね」
「うわっ。……どうしましたか? 盟主殿?」
図書館で調べ物をしている最中に。
横からセツナに、ぬっと顔を出されて、マリー家の血を引くヴァンパイヤハンターは仰け反った。
だが、本と己を結ぶ視界の中に飛び込んで来た影の正体が、気配を殺して近付いて来たセツナであると知ってカーンは、薄い笑みを取り戻す。
「カーンさん、お化けとお話出来ます?」
「…………はあ?」
しかし。
平常を取り戻した瞬間、予想外のことを、つぶらな瞳で問われて、カーンは再び、心を乱した。
「お化け……。幽霊と交信する方法……ですか?」
「うん」
「私の仕事は、吸血鬼を退治することであって……霊媒師ではありませんよ。シエラ様ならもしかしたら……」
「断られちゃった。カーンさんに訊けって」
「……そうですか……。──となると、難しい……ですねえ、正直。この世の存在に非ざる者と交信するのは。そもそも、霊魂の存在すら不確かな物ですし。持って生まれた素質、と云う物も関係するでしょうし。………あ、そうだ」
身を乗り出さんばかりにして、幽霊と語らう方法を尋ねて来るセツナを見下ろし、カーンは長らく途方に暮れたが。
ふと、ひらめきを感じ。
「あの方にお願いしてはどうですか? ほら、門の紋章をお持ちの……」
「あああ、レックナート様?」
「そうそう。レックナート様」
異世界への扉を開くこと叶う、門の紋章を宿した女魔法使いならば、と、カーンはひらめきを口にした。
「そっか。……となると、ルックかー。──ありがとー、カーンさん」
「いえいえ、どう致しまして」
カーンに告げられた名前に。
ポン、と手を叩き、激しい納得を示し。
ヒラヒラと手を振り、セツナは駆け出す。
「しかし、又、何で幽霊と話したいなどと……」
図書館司書のエミリアに叱られ、駆け足を早足に変えたセツナを見送りながら。
カーンは首を傾げた。
騒々しくやって来て、己の顔を覗き込むなり、セツナが喚き出したことに。
嫌味ったらしくルックは、仰々しい溜息を付いてやった。
「………で? お化けと話がしたいから、レックナート様の所に連れてけって? 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿じゃないもん。ちゃんと、理由があるんだよ、ルック。…………駄目?」
だが、口の悪い魔法使いの悪態にも、セツナはめげず。
「いい加減にしなよ。どんな理由があるんだか知らないけど、お化けと話がしたい、とか云う馬鹿げた目的の為に、レックナート様の手を煩わせようって云うの? 馬鹿だよ、馬鹿。僕に言わせれば、じゅーーー……っぶん、馬鹿。お馬鹿」
守り続けている約束の石版に、僅か背を預けるようにしながら、ルックはそっぽを向いた。
「だって、お話ししたい人がいるんだもん」
友達だ、と少なくともセツナは思っているルックに、散々馬鹿にされて、少年はぷっと膨れる。
「…………誰さ」
「内緒」
「……あのね、セツナ」
「言えないの」
「…………あんたの、養い親?」
「ブブー。不正解」
「………僕を怒らせる気?」
ムスっと膨れ、機嫌を損ね、少しばかり俯いたセツナの態度に、本当に若干だけ絆され。
誰と話をしたいのだ、とルックは尋ねたが。
セツナから帰って来た言葉は、秘密、の一辺倒で、怒りに任せてルックは、ロッドを振り上げた。
「ルック、ぶつ気っっ?」
すっと持ち上げられたロッドの先を見詰め、滑稽な仕種の構えを、セツナは取った。
「ぶちたくもなるよ。詠唱しないだけマシだと思いなね」
ルックの『実力行使』なんて、怖くないもん、と。
態度で告げているかのようなセツナの滑稽さに、立ちそうになった青筋を堪えて、ルックはロッドを握る手に、更なる力を込めたが。
「暴力はいけない……と思うけどね」
振り上げたそれは、何者か……否、充分過ぎる程に心当たりのある声音を放った者に、グ……と何処かを捕まれ引かれた。
「あ、マクドールさん」
さも、神出鬼没です、と云わんばかりに、ルックの背後から登場したカナタの姿に、セツナが声を上げる。
「探したよ、セツナ。僕を放り出して、何処かに消えてしまうから」
溺愛しているセツナに向けた微笑み一つ変えず、ギリギリと、カナタはルックのロッドをかなりの力で押し戻すと、わざと作った意地の悪い笑みを、魔法使いの少年に向けた。
「……時と場合によっては、鉄拳制裁も辞さない癖に……」
口調だけは穏やかに、暴力は駄目だと云ったカナタに、ルックは嫌そうな溜息を吐く。
「まあまあ。何事も、時と場合だよ、ルック。──処でセツナ、何してたの? 何か、お化けと話すのどうのって、聞こえたけど」
「えっと。秘密、です」
「僕にも?」
「はいっ」
「ふーん……。そっか」
厄介なのが来た、と、そっぽを向いたルックには、意地の悪い笑みを、己に隠し事を拵えたセツナには、それでも常の笑みを、カナタは向け続け。
が、セツナの頭の先から足の先までを、満遍なく眺め。
「内緒なら、仕方ないね。──それよりも。お茶にしない? 君を探し歩いて、少し疲れたから」
ゆるりと彼は、セツナの手を引いて、歩き出した。