ゆるゆると歩くカナタに連れられて、セツナが向かった先は、定番の場所、ハイ・ヨーのレストランで。

フロアの片隅の丸テーブルに腰を落ち着け、午後のお茶とケーキを注文してから、セツナはカナタを見上げた。

「セ・ツ・ナ」

一方、珈琲だけを注文したカナタは。

にこっと見詰めて来た溺愛中の彼を、やはり、にこっっと見詰め返し。

「いいもの見せてあげようか?」

「いいもの……って、何です?」

「手品」

良いものを見せてあげる、と云ってやったら、きょとっと目を見開いたセツナの眼前で、ふわり、右手を振った。

「え……あ……。それ……」

「はい。『いいもの』」

本当に、魔術か奇術のように、何も握ってはいなかった筈の手中から、ポン、と一遍の紙切れを出現させ。

すぐさま現れた紙切れの正体に気付いたセツナに、クスクスと彼は笑う。

「うー……。何時の間に……」

「何のこと? 手品、って僕は云ったろう?」

「……でしたね……」

頬杖を付いて、忍び笑い続けるカナタを、セツナはジト目で睨んだが。

セツナの睨みなぞ、カナタには通用せず。

「それ、レシピだよね」

「……ええ」

「グレミオ、の?」

「そうですよ」

仕方なくセツナは、カナタの問いに答え始める。

「この間、マクドールさんの家にお邪魔した時、一寸だけお台所借りたでしょ? あの時、偶然見付けたんです」

ぽつぽつ、云い辛そうに、グレミオの書いたレシピを持っていた理由を語るセツナを。

湛えていた笑みを収め、真直ぐにカナタは見た。

「…………セツナ」

「……はい」

「話したかった『お化け』は、誰? グレミオ?」

「……そうです」

「どうして?」

「それ、は…………」

感情を窺うことが難しい表情になって、じっと見詰めて来るカナタの問いに、答えるべきか否か、セツナは一瞬悩んだが。

この人に隠し事なぞ、最初から無駄だったのかも知れない、と。

先程、相談と称してビクトールに語ったことを彼は告げる。

「あの……。折角、グレミオさんのレシピを見付けたんで……。何時も良くして貰ってるお礼に、そのシチューをマクドールさんに……って思ったんですけど……。嫌かな……って……。グレミオさんも、他人にそれを作られるのは嫌かなあ……って……。でも、思い出は『思い出』だから……その……。もしも……えっと………うんと…………グレミオさんと『お話』が出来て、作ってもいいよ、って云って貰えたら……いいな……って……」

「成程」

────セツナの告白に。

頬杖付いたカナタは、唯じっと、聞き入っていたが。

告白の終わり、彼は数回目を瞬かせて、ふわ……っと、そよ風のように、笑んだ。

「考え過ぎ」

そして、肘付いていた腕を伸ばし。

ピッ…………と。

カナタはセツナの額を小突く。

「いっ……」

「あ、痛かった? 御免、御免。でもねえ、セツナ。それは、考え過ぎ」

見た目よりも強い力で弾かれた額の中心を、反射的にセツナは押え。

カナタは、セツナのその仕種を笑い。

──もう、冬が近いね。夕御飯はそろそろ、暖かい物が恋しい頃かな。……シチューなんて、どう?」

丁度運ばれて来た珈琲を取り上げて、夕飯の希望を、カナタは舌の根に乗せた。

「いい……んですか?」

「良いも何も。……僕は食べたいなあ、シチュー。セツナが作ってくれるなら。折角、上等のレシピもあることだしね」

「……じゃあ、僕、頑張りますー」

暖かいシチューが食べたい、と云うカナタを、躊躇いを以てセツナは見返したが。

にこっと、一層微笑まれて、元気を取り戻した風な声を、少年は出した。

「ね、セツナ」

敢えて、そう振る舞っているのかも知れない。

本当に、元気を取り戻したのかも知れない。

さて、セツナのこの『元気』は果たしてどちらかな、と。

頭の片隅で考えながら、カナタは再び、セツナの名を呼ぶ。

「はい?」

「考え過ぎなくっていいよ。僕のことで、君が悩む必要なんて、ない。気なんて、遣わなくていい。僕の為に、見えざるモノまで、見ようとしなくていい」

「……でも」

──いいんだよ。『今』は」

…………名を呼ばれ。

セツナは微かに、常よりも瞳を大きく見開いた。

名を呼んだカナタは。

唯々。

深い微笑みを浮かべた。

────『今』は、の先に続く。

君が僕の『魔法の呪文』に頷いてくれるだけで、『今』は、至福だから。

……その想いを飲み込んで。

「シチュー作り、手伝おうか?」

珈琲を飲み干し、カナタは腰を浮かせた。

「…………じゃあ」

「……ん?」

「じゃあ、『何時か』は。僕、もっと、マクドールさんのことで悩むかも」

茶請けのケーキの、最後の一口を、慌てて口に放り込み、立ち上がったカナタの後を追いながら。

ぽつりセツナは、『独り言』を洩らした。

カナタが飲み込んだ『想い』を、知っているかのように。

End

後書きに代えて

この子達、化かし合いしてるのかな、結局。

私もよく判らなくなってきた。

──グレミオさんのシチューレシピのお話でした。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。