それから数日が経ち、セツナ率いる同盟軍本隊も、本拠地を出立すると相成った日。
予定通り、粛々と、セツナはカナタと分かれ、仲間達と共に、マチルダ領へ向かう行軍の列に付いた。
そして、彼と分かれたカナタは、従軍に赴く直前のビッキーを捕まえて、グリンヒルへと先回りした。
──マチルダ騎士団領攻略が、如何なる結果を辿るにせよ、同盟軍は、行きも帰りも間違いなく、グリンヒルを経由する。
だから。
カナタは、学園都市へ飛んだ。
セツナが『戦争』へ赴く際は大抵そうしているように、本拠地にて彼の帰りを待つか、故郷であるグレッグミンスターへ帰るかの、どちらかを今回も選択するべきなのだろうと、カナタ自身思いはしたけれども。
此度の一戦は、同盟軍とハイランド、その命運を分ける『決戦』以外の何物でもなく。
且つ、セツナは、キバ達や仲間達のことが気に掛かり過ぎている所為か、少々、この戦いに対する気負いが大きく。
更にはレックナートまでが姿を現し、輝く盾の紋章の封印を解いた、という事実が気になったから、彼は、常とは違う行動を取った。
同盟軍で、自分の顔を知らぬ者はほぼ皆無だから、おおっぴらに立ち回ることは出来ぬだろうけれど、諸外国からの留学生も多い学園都市でなら、『部外者』が紛れていても目立たぬし、戦場の外でならば、何時も通り自分がセツナに寄り添っている姿を同盟軍の一般兵士が見掛けても、心配して様子でも見に来たのか、と思われて終わる、との計算も彼にはあったが為。
今回は、セツナの傍らに添っていよう、と彼は決めた。
故にカナタはグリンヒルへ向かい、数日後、行軍を終えて到着したセツナ達一行を、しれっとした顔で出迎え、「何故、貴方が、お前が、ここに?」との顔をした、正軍師殿や傭兵コンビを綺麗に無視して、思い掛けぬ数日振りの再会を喜んだセツナと、出陣前の一時を、和気藹々と過ごし。
そしてセツナ──正確には同盟軍──を彼は、戦場へと送り出した。
マチルダ地方とグリンヒル地方との境にて行われていた戦が終わり、同盟軍は、ひと度、皇国軍を騎士団領内へと追い返した。
シュウに駆り出され、正体不明の援軍を装った同盟軍の非戦闘員や難民達が、大急ぎで湖畔の古城へと戻る支度を整えている、ごった返した雰囲気の中、学生寮の談話室にてカナタは、ニューリーフ学園へと戻って来たセツナを出迎える。
「ただいまでーーす。無事でーーすっ」
「お帰り」
同盟軍が戻って来た、との騒ぎを聞き付け、考え事をすべく深く腰掛けていた長椅子より立ち上がり、扉付近までカナタが進めば、折良く戻って来たセツナは、元気良く室内に飛び込み、直ぐそこにいたカナタへ駆け寄って、近付いて来た彼へ、カナタは両腕を広げてみせるような格好を取った。
「相変わらずだなー、お前等…………」
「つーか、未だいたのか、カナタ」
そんな風に二人が、きゃあきゃあと、デュナンの城で日常繰り広げているそれと何ら変わりない光景を展開していたら、セツナに続いて戻って来たフリックとビクトールが姿見せて、腐れ縁傭兵コンビは、ドッと疲れたように肩を落とした。
「隠居の身の上は、気楽でね」
疲れ果て、苦笑を浮かべるしかないような様子を見せた傭兵二人に、カナタはセツナを構いながら、冗談めかして告げる。
「隠居、ですか。現役を引退為された隠居だと仰るなら、隠居は隠居らしく、ご自宅で、庭でも弄っておられたら如何ですか」
彼がそんな態度を取れば、もう、ビクトールとフリックは何も言わなくなったけれど、彼等の後からやって来たシュウは、未だにカナタがグリンヒルにいた事実に目くじらを立てた。
「庭いじり、ねえ……。趣味じゃないかな」
「『英雄』殿の隠居後の趣味としては、悪くないと思いますが」
「……やっぱり、そこを気にしてる訳か、貴方は。『余所者』の一人や二人、いったって別段目立たないよ、この街ならね。例えその余所者が、同盟軍盟主殿と昵懇でも」
だがカナタは何時も通り、飄々とした口調でシュウの不興を流し、
「いーじゃない、シュウさん。マクドールさんもたまたま、この街に滞在してるだけだーって思えば」
カナタを庇う、が、シュウの胃は痛めるだろう言葉をセツナも吐いた。
「…………盟主殿……」
何をどう告げて、どう小言をぶつけてみても、一向に堪えない二人に、シュウは眉間の皺を深めたが。
カナタとセツナへ向けて、次なる小言を浴びせる前に、どやどやと、同盟軍の主だった者達──何時如何なる場所で、トランの英雄殿が、同盟軍盟主殿に、べっっっっ……たり引っ付いていても、疾っくの昔にどうとも思わなくなった者達が入室して来てしまったので、
「軍議を始めます」
はあ、と、誰の耳にも届かぬだろう程細やかな溜息を付いて、シュウは談話室の奥へと向かった。
そうして彼は、一先ずカナタの存在を己が視界と思考の中から追い出し、一戦を終えた後の同盟軍の現状、ハイランド側の現状、モンドやサスケと言った忍び達が調べて来たロックアックス城の様子、それらを仲間達に報告し。
「……という訳ですから。盟主殿には、少数の手勢を率いてロックアックス城へと潜入して頂きたいのですが、宜しいですか」
これより取る、策の話をシュウは始める。
「…………何で?」
「ハウザー殿、リドリー殿、テレーズ殿に、部隊を率い、敵軍勢をグリンヒル地方へと誘き出して貰います。その隙に盟主殿には、手薄になるロックアックス城内に潜入して、マチルダ騎士団の旗を焼き捨てて頂きたいのです。──年こそ跨ぎましたが、騎士団がハイランドに降伏してより、未だ三月は経っておりません。他の都市だったと言うならいざ知らず、降伏したのは騎士団、内心では、ゴルドーの選択に納得出来ていない者も多いと思われます」
「ああ。……うん。それは僕も同感」
「ですから、城の塔に掲げられている騎士団の旗を焼き、そこに、同盟軍の旗を翻させ、ロックアックス城が陥落したと、騎士団の者達に思わせることが出来れば、ハイランドに屈したにも拘らず、戻る城をも失った、と騎士団の部隊は思い込むでしょう。そうなれば少なくとも、騎士団の部隊より戦意は喪失されます。こちら側に寝返らせることも可能です。尤もその辺りは、我々が上手く運びますが。…………マチルダの手勢さえ、敵側から削ぐこと出来れば、その後の戦が長引いたとしても、数の上ではこちらが勝ちます。傭兵砦へ向かった敵部隊が引き返して来ても、間に合いはしません。ハイランドは最悪でもミューズに撤退、最良に事が運べば、同盟軍領内から、去ります」
「……………………うん。判った。じゃあ、シュウさんのその策通り、ロックアックス城に潜入するね」
朗々と、と言うよりは、淡々と語られたシュウの策をじっと聞き、こくり、セツナは頷いた。
「先程の撤退時、マチルダ騎士団出身者を何名か、敵勢の中に紛れ込ませてあります。城門の方は、彼等が開いてくれる手筈になっています」
盟主である彼が、判った、と頷いたのを受けて、今度はアップルが、簡単な報告を済ませた。
「……もしも、この策が成りませんと。同盟軍本隊の末路は、凄惨なものになります。宜しくお願い致します、盟主殿」
何時でも、敵城内へと潜入することは出来る、とアップルが言い終えるのを待って、先程とは打って変わった、重々しい声をシュウは出す。
「大丈夫だよ、シュウさん。ちゃんと、シュウさんの策通りにして来るから。──えっと……じゃあ今回は、ゲオルグさんに付き合って貰おっかな。……ゲオルグさんとー。ビクトールさんとフリックさんも、付き合ってくれる?」
だが、シュウのそんな声音へ、脅かすようなこと言わないでよ、とセツナはふわり笑って、談話室に集っている将達を見渡した。
「勿論。お前がそうしてくれってんなら、幾らだって。騎士団の連中は、噛み応えがありそうだしな」
「ああ、やりがいあるぜ。音に聞こえたマチルダの連中が相手だ」
いーい? と小首を傾げながら見遣って来たセツナに視線を合わせて、ビクトールとフリックは、強く頷く。
「あは、嬉しそうだね、二人共。──えーっと、それから……──」
強い人達と戦うの、好きだよね、と、又、ふんわりふわふわ、傭兵達へと笑って、セツナは再度、残りの人選をすべく室内を見た。
「セツナ。僕も、付き合おうか?」
……と、つーっと室内を漂ったセツナの視線を、漆黒の瞳で捕らえるように引き寄せて、談話室の傍らで、黙ってその軍議に耳傾けていたカナタが、自分も行く、と。
そう、言い出した。