「え、マクドールさん? 良いんですか?」
恐らくは自分の為にグリンヒルへとやって来て、そして留まってくれているのだろうけれど、戦の延長にある作戦にカナタを引き摺り出すのは……、とセツナは思っていたのに。
カナタ当人に、付き合う、と申し出られて、彼は若干、薄茶色の目を見開いた。
「うん。そこの、軍師殿が良いって言うならね。ゲオルグ引き摺り出す程のことだと、君がそう判断するなら、僕も、付き合ってあげる」
「マクドールさんが一緒に行ってくれるなら、それはすんごく有り難いですけど……」
けれど、遠慮していたセツナを他所に、カナタが、さも、自分が付き合った方が良い、とでも言う風に、さらりと告げたから。
「あのー……──」
ちら……っと、セツナはシュウの顔色を窺い。
「──そうして頂けると言うならば」
形振り構って失敗する訳にはいかぬ、と見遣られたシュウは頷き。
「じゃあ、宜しくお願いしますね、マクドールさんっ」
嬉しそうな声を、セツナは出した。
「ね、ね、セツナ。私も一緒に行くよっっ!」
……そうして、己と共にロックアックスへと潜入する面子を、四名までセツナが絞った時。
大人達の影から、すっと、ナナミが顔を覗かせた。
「ナナミ? 駄目だよ、危ないもん」
「何言ってるのよ。危ないから、お姉ちゃんも一緒に行くんじゃない」
「危ないから行くって……。普通、逆だよ、ナナミ。本当に危ないから、駄目だってばーっ」
「それこそ、駄目っっ。いいから、お姉ちゃんの言うこと聞きなさいっっ。セツナのこと、私が守らなくてどうするのよっっ」
「……平気だってば、マクドールさんにもゲオルグさんにもビクトールさんにもフリックさんにも、付いてって貰うんだから」
「でもっ。セツナや他の人達は、マチルダの人達と戦わなきゃいけないでしょ? 私は、セツナのこと守る為に行くの。いーい? 判った? 一緒に行くったら行くんだからねっ」
「…………ナナミ、理屈が能く判らないよ……」
ひょこっと顔を覗かせ姿を晒し、敵の城内へと潜入する任に付いて行く、と言い張り出したナナミを、危険だから、とセツナは説得しようとしたけれど、ナナミは、無理矢理にでも付いて行くと言い張り、強引に、義弟の意思を曲げさせてしまった。
「ん、もーーーっ。勝手なんだからーっ。遊びに行くんじゃないんだよっ?」
故に、滅多なことでは逆らえないナナミの言い分を渋々受け入れながらも、ブツブツ、納得し難そうにセツナは洩らし。
「判ってるわよっ。だから一緒に行くって言ってるんでしょうにーーっ」
くどい! とナナミは、弟の耳許で喚き出し。
「ほらっ、支度しに行くよっっ。直ぐに発つんでしょう? ロックアックスっっ。お薬とか、買い足さないと駄目でしょう?」
彼女は、義弟の首根っこを掴んで引き摺り、準備を整えるのだと張り切って、談話室を出て行った。
「…………おいおい、平気か?」
有無も言わせず、セツナを引き摺って行ってしまったナナミの後ろ姿を目で追って、シュウの傍へと近付き、ビクトールは眉を顰めた。
「そうだな。一寸ナナミには、荷が重い仕事だと俺も思うんだが……」
相方の後を追うようにシュウの傍へ向かい、フリックも、何とかならないか? と正軍師を見遣った。
「説き伏せてみた処で、無駄だろう。それに。ナナミがいた方が一つだけ、有利になるかも知れないことがある」
だが、シュウは、正軍師が『正軍師』としてナナミに物申した方が、と言い始めた傭兵コンビに、そんなことを言い出す。
「ナナミがいた方が、有利になること?」
「もしも、ロックアックスの城に『セツナの幼馴染み君』が待ち構えていたら……、って意味じゃないのかな、シュウの言うことは」
告げられたその言葉に、傭兵達は、ん? と首を傾げたが、カナタが、シュウの思惑を代弁してみせた。
「…………成程。抑止力って奴か」
「そういうことだ」
「向かう場所が場所だから、ナナミちゃんのことは僕だって心配になるけど、一緒に行く面子が面子だからね。僕達が何とかすればいいことだ。けれど……」
「……けれど? 何か、思うことでもあんのか? 思うことがあるから、一緒に行くって言い出したのか?」
カナタがそうやって、シュウの思いを代わりに告げれば、シュウ自身もそれを肯定し、ビクトール達は、だと言うなら、と一先ずの納得を見せたけれども、その後直ぐ、カナタが言葉を切ったから。
別の心配でも? とビクトールや人々は、隣国の英雄を眺めたが。
「一寸ね。紋章持ちには、紋章持ちであるが故に思うこと、っていうのがあってね」
人々に見詰められた彼は、にこっと笑って、問い掛けに対する答えを濁した。
「……紋章持ちだから、思うこと……?」
「どうでもいい、そんなこと。何がどうであろうと、俺達がするべきことは変わらん。そうだろう? 気を抜かず、仕事を果たしてくればいいだけのことだ」
だから、仲間達は不思議そうに首を傾げたけれど、マントを羽織い直しながら彼等の許へと近付いて来たゲオルグに、何がどうであろうと、と、そう話を纏められ。
「それも、そうだな」
「ああ。どんな事情が、どんな風にあろうと。やることをやるだけだ」
ビクトールもフリックも、それきり。
カナタの言う、『紋章持ちの思うこと』を、頭から追い出した。
ハイランド軍よりマチルダ騎士団の勢力を削ぐべく、シュウが立てた策に従い、北方の城に潜入する為、早駆けの馬を駆ったセツナ達一行は、グリンヒルを発って二日後、ロックアックスの城下町に到着した。
断続的に続く戦の所為で、殺気立った喧噪が溢れる城下町近くの森に馬を隠して、一旦バラバラに散った彼等は、それぞれ、近在の農夫だの、旅人だの、戦の話を聞き付け仕事の口はないかとやって来た傭兵だのに化け、城下へと潜り込み、街の中央に聳えるロックアックス城裏手の、城壁付近に集った。
城下町への潜入は果たした彼等が、一人、二人、と打ち合わせておいた場所へと集い始めた頃、ロックアックスの街近くの草原では、敵勢を引き付ける役を担った同盟軍の部隊が、戦の始まりを告げる鬨の声を上げ始め。
「行って来まーーす」
迎え撃つべく、ハイランド軍の殆どがロックアックス城を出て行くのを待って、少々気の抜けるセツナの声と共に、潜んでいた森影から姿現した彼等は、手筈通りに開けられたロックアックス城の裏門より、城内へと侵入した。