裏門を抜けたら直ぐにあった扉より潜り込んだそこは、マチルダ騎士団の青と赤の団長だったマイクロトフやカミューが精密に描き上げてくれた城内の見取り図通り、食料や武器の備蓄棟だった。

「兎に角、東を目指せばいいってことですよねー」

その棟の使用目的と、街の外で始まった戦の所為で兵士達の殆どが出払っている為だろう、人気の余りないその一画で、もう一度念の為に、懐よりマイクロトフ達が描いてくれた見取り図を取り出し径路を確かめ、うんっ、とセツナは、石造りの廊下を辿り始める。

────城の一番西側に位置している備蓄棟を昇り、棟と棟とを繋ぐ回廊を一つ亘って、中庭を抜け、兵舎より本棟へ入って、更に上を目指し、渡り廊下を越えれば、城で最も高い塔──マチルダ騎士団の旗が翻る塔の、屋上へと辿り着く。

出来るだけ人目に付かぬようにしてこなさなくてはならない、この策を成す為には、少々遠過ぎると言える道程ではあるけれど、同盟軍の中で最も実力の高い者達ばかりを連れて来たし、何よりカナタもいるし、と。

セツナは比較的気楽な足取りで、だが今回ばかりは余り無駄口は叩かず、仲間達と共に、物陰に隠れるようにしながら城内を進んだ。

……が、無駄口を叩かない、とは言っても、セツナとカナタ、それに、ナナミもいるので。

「ロックアックスって、寒いですよねー。そりゃあ、今は確かに冬ですけど。それにしても寒過ぎですよねー。キャロより寒いや」

「石造りだからねえ。余計、そう感じるのかも」

「ですかね。雪に降られなかっただけ、有り難いのかなあ……」

「あれ程、お姉ちゃん言ったのに、厚着して来ないから、寒いとか思うのよ。もっと厚い服着れば良かったのに」

「えー、だって、もこもこしてると動き辛いんだもん。じーちゃんの肩布付け辛いのヤだし」

「だからって、長袖の上に何時もの上衣羽織っただけじゃ、幾ら何でも薄着じゃない? 風邪引いても、お姉ちゃん知らないよ?」

「まあまあ、ナナミちゃん。その内、『運動』することになるだろうから。そうすれば、セツナの体も温まるよ」

……そんな風な、一応、声のトーンを抑えてはある会話は止めどなく続き。

「緊張感ねえなあ、お前等」

「判ってるのか? ここは、敵陣の真っ直中なんだぞ? 敵の懐だぞ?」

「判ってるもんー。だから、何時もより大人しくしてるもんー」

「そうそう。凄く控え目だよね。ねえ、セツナ」

「そうですよねー、マクドールさんー」

ビクトールとフリックが嗜めに入っても、セツナもカナタも、きゃらきゃらとした笑みを収めず、

「まあ、どうと言うこともなかろう。騎士団の連中と言っても、俺には少々、退屈しそうな相手だしな」

「……ああ、ゲオルグさんには、物足りないのかもですねー、マチルダの人達でも。…………あ、ゲオルグさん。僕、一寸固めに焼いたチーズケーキ、持って来たんですよー、おやつに。食べます? 歩きながら食べられますよー」

「…………お前は、そんな物を持って来たのか? ……ふむ、だが、だと言うなら一つ、貰うとするかな」

「………………良い度胸だ、どいつもこいつも……」

「まあ、な。カナタにセツナに、ゲオルグ、じゃな……」

「そう言うビクトールとフリックだって、大して構えてないくせに」

ゲオルグまでもが、セツナがヒョイッと袋の中から取り出した、小さな一口ケーキを口の中に放り込み始めたので、傭兵コンビも又、同盟軍本拠地で過ごしている時のような、軽い表情を見せ始めた。

──しかし。

語ること、纏う雰囲気、おちゃらけた行為、それらを振り撒こうとも、彼等の誰一人として、本当に気楽に構えていた訳ではなく、どれ程息を潜めようとも巡り会ってしまう廊下の角々の見張り番達や、所々に仕掛けられている魔法陣の罠より生まれる魔物達と出会す度に、彼等はその面差しを一瞬にして塗り替え、無言の内に武器を振るい、瞬殺と言える速さで敵を倒し、確実に前へと進んだ。

囲まれたら最後、『的』となってしまう回廊や中庭を抜ける際だけは、軽口も、気楽そうな雰囲気も全て、彼等から消えたけれど、運も良かったのだろう、抜けるに最も苦労すると思われた回廊でも中庭でも、セツナ達が侵入する時一緒に城内へと潜り込んだ囮部隊のお陰か、どのような敵とも遭遇せずに済み、無事、本棟へと辿り着くこと彼等は叶え。

「本番は、ここからですね」

ふん、と一度だけ強く肩で息をして、心持ち頤を引き、本当の意味で、普段は無駄口ばかりを叩いている口を噤んで、兵士達の訓練場と続いているのだろう、そこだけは、石造りの床でなく土が撒かれた土間のような床を、セツナは歩き始めた。

どうやら、マチルダ騎士団の長であるゴルドーは、同盟軍迎撃の為の戦に出陣していないらしく、本棟の兵舎という事情も相俟って、備蓄棟を抜けた時とは比べ物にならぬ程、セツナ達はそこより先、敵と遭遇し続けた。

棍や、トンファーや、剣を翳し、余り目立つようなことはしたくなかったけれど時には魔法の力も生みつつ、倒しても、退けても、敵の数は増えるばかりで、減るような様子は見せてはくれなかった。

「流石に、すんなりとは通してくれねえな」

「……だな。甘くはない、か……」

曲がり角の向こうから飛び出して来たマチルダの白騎士達を迎え撃つべく、ビクトールは星辰剣を、フリックはオデッサを振るい、一刀で断ち、

「明らかに、数が増えてるね。囮部隊に敵の目を引き付けておくのも、そろそろ限界、かな」

「ああ。追い付かれたのかも知れん」

そちらは傭兵達に任せ、背後から向かって来た騎士達を、カナタは天牙棍の、ゲオルグは名刀・雲の一薙ぎで払い、

「もう一寸なんですけどね。そこの階段昇れば、最後の渡り廊下ですから。そこさえ越えちゃえば、旗も近いんですけど」

敵の懐に叩き込んだトンファーを手許へと引き戻しながら、セツナは行く先を見上げた。

「確か、渡り廊下を越えれば、後は階段を少し昇るだけだったね、屋上まで」

「はい」

「…………セツナ。なら君は、ナナミちゃんと一緒に、先に行って?」

「え、マクドールさん?」

「下がうるさくなって来たからね。このままでは、確実に追い付かれる。団体の相手をしながら先を目指してもいいけど、それでは時間が無駄になるから。先に。……大丈夫、直ぐに追い付くよ。いい加減、手加減するのにも飽きてきたし」

────もう少しで、この城へと潜入した目的が果たされるのに、ここで手間取るのは……、と。

階段の先にある筈の、渡り廊下の方角を見遣ったセツナへ、少しばかり考え込んだ後、カナタが、先に行け、と告げた。

時間を無駄にはしたくないから、と。

「…………そう、ですね。早ければ早い程、外の皆の被害も減りますしね」

「ああ。だから。セツナは先に行って、旗を」

「大丈夫だ。心配すんな、セツナ。俺達が、追っ手は食い止めてやるから」

「そうだな。その方が良いんだろう。カナタとゲオルグがいれば、直ぐに追い付けるし」

「任せたぞ、セツナ、ナナミ。気を付けてな」

そんな風に、カナタが言い出したことに、躊躇いながらもセツナが頷き掛ければ、ビクトールもフリックもゲオルグも、心配は要らない、と彼を振り返ったから。

「……じゃあ、僕、先行きますっ」

「そうだね。行こう、セツナ」

タッ……と踵を返して、セツナは義姉と共に走り出した。

────セツナっ!」

駆け出した彼を視界の半分で見送り、視界のもう半分で、姿見え始めた追っ手を捕らえながら、カナタはその時、強くセツナを呼んだ。

「マクドールさん?」

「気を付けて。少しでも、自分だけでは無理そうだと思ったら、戻って来るんだよ。……いいね?」

「はいっ!」

そうしてカナタは、己の声に振り返り、にこっと笑ったセツナへ案ずるように言って。

セツナが前を向き直るのを待ち、己も、又。

敵と対峙した。