ここから先は、通さない。
そう強く告げて、腰に帯びた剣を抜き去ったジョウイへと目を見開き、
「ジョ……ジョウイ……。──ジョウイ、駄目だよ、嫌だよっっ!」
ナナミは悲鳴を上げた。
「……そうだよね。そうするしか、ないよね」
剣を構えた幼馴染み──今は敵である、ハイランド皇王に応えるように、セツナは、トンファーを構えた。
「セツナっ! 何言ってるの、駄目だよっっ! 駄目だよ、セツナも、ジョウイもっ! 駄目なんだからっ! どうして、セツナとジョウイが戦わなくちゃならないのっっ!!」
けれど。
この場で自分達が戦うのは、至極当然のこと、と得物を構えたセツナをナナミは叱り、義弟と幼馴染みの間に割って入った。
「運命、だった。……多分、それが答えだよ、ナナミ。──……セツナ。君には君を慕う、多くの人々がいる。君は、同盟軍にとっての、希望そのもの、なんだろうね。……でも、僕にも。僕を必要としてくれる人達がいて。僕を信じてくれた人達がいる」
「運命がどうだって言うのっ。駄目だもん、そんなのっっ。信じないっっ。運命なんて嘘っぱちだって、ゲンカクじいちゃんだって言ってたっっ! 私は、運命なんて、信じないっっ。セツナに、セツナのこと慕う人達がいたっていいじゃないっ。ジョウイに、ジョウイのこと必要としてくれる人達がいたっていいじゃないっっ。どうしてっ! どうして、セツナにはセツナの仲間がいて、ジョウイにはジョウイの仲間がいることが、二人が戦う理由になるのっ! それが運命で、だからどうだって言うのっっ」
「セツナを慕うのは、『同盟軍』の者達。僕を必要としてくれているのは、『ハイランド軍』の者達。……判るだろう? ナナミにも。……ここはね。この、デュナンの地はね。都市同盟とハイランドが犇めき合うには狭過ぎたんだよ。狭い地で二つの勢力が鬩ぎ合うこと、それが多くの戦いを生んで、多くの悲劇を生んだ」
「…………でもっ……」
「ナナミも、見てただろう? 僕達が、こうなる前。ミューズのジョウストンの丘での、あの会議を。ハイランドに怯えて、戦いに疲れて、肩寄せ合って生きている都市同盟の中にさえ、争いも、嫉妬も、反目も、渦巻いてた。己の街、それを守らなければならないからと、建前だけを口にして。誰もが、勝手だった。……平等、それは時に、悲劇の担い手になる。自分達を脅かす敵が同じ大地に在ること、それも。……この大地には、同盟も、ハイランドも、要らないんだ。必要なんてない。強大な力を持った一つの国が起つこと、それが、この地から争いをなくす、たった一つの方法なんだ。だから、僕は。この地に、一つの国を打ち立てる。争いも、悲しみも、生まない、国」
……セツナを庇うように。己を諭すように。
自分達の間に割って入ったナナミを見下ろし、ジョウイは、幼馴染みだった自分達が戦う理由、それを、静かな声で語った。
「……そんなのが……ハイランドと同盟軍が、戦う理由だなんて……。ジョウイと、セツナが戦う理由だなんて……。ヤだよ……。嫌だよ、そんなの……。戦わなきゃ生まれない国なんて……ヤだよおっ……」
判って、と。
そう言わんばかりに語られたジョウイの『理由』に、ナナミは俯き、涙を零し始める。
「……未だ、運命、って。ジョウイは、そう言うんだ。運命、なんだ。僕達が戦うのは、運命、なんだね、ジョウイの中では。だから、戦うんだ。…………でも、うん、そうだね。ジョウイが、目指す先に行く為に、戦うしかないって言うなら。戦うしかないよね。僕も、戦うしかないな、って、そう思うし」
ほんの少しだけ困ったような目をして、セツナはその時、ジョウイを見詰めたけれど、彼はそっと、泣き濡れ始めた義姉の肩を押して、一歩、前へと踏み出し。
「話は終わりだ。後は、決着を付けるのみ……」
呟きと共に、剣を構え直したジョウイへ、彼も又、トンファーを構え直した。
今頃、多分、セツナとジョウイの二人は、戦おうとしているだろう。
否、もしかしたらもう既に、二人の戦いは始まっているかも知れないと、そう思いながら。
眼前の敵を倒すことへ意識を傾けつつ、脳裏の片隅にて、カナタは、数日前、時は満ち、一〇八星の想いが集ったと、そう告げながらセツナの前へと姿見せ、輝く盾の紋章の封印を解いていった、レックナートのことを考えていた。
…………彼女は己のことを、時に、『バランスの執行者』と例える。
この世の。混沌と秩序の。真の紋章の。そして、『運命』の。
均衡を保つ為に己は存在し、『こうして』いるのだ、と。
その彼女が、セツナの紋章の封印を解いたということ、その意味を、あれからずっと、カナタは一人、考え続けていた。
──均衡を保つ、その為に存在する者が、どちらか一方に肩入れすることは、有り得ないし有ってはならない。
レックナートにとって、魂喰らいの紋章が、彼女の姉であった魔女ウィンディの手に渡らぬように、そう願って自らの手をも貸したトラン解放戦争は恐らく、『唯一』と言える『例外』だった筈だ。
だから。
そんな彼女が、セツナの紋章の封印を解いた、という事実は、一〇八星そのものと、一〇八星の想いがセツナの許に集ったが為だけでなく、黒き刃の紋章と、輝く盾の紋章、その均衡を保つ為であったとしても、おかしくはない。
黒き刃と輝く盾は元々、始まりの紋章、という、一つの紋章なのだから。
逆に、そういった理由ではなく、始まりの紋章が、親友達の戦いの果て、一つになりたい、と訴えているから、それを聞き届けた彼女が、セツナに手を貸したのだとしても。
バランスを取る為でなく、そんな理由で彼女が、輝く盾の紋章の封印を解いたのだとしても。
現実に、紋章の封印は解かれてしまったのだ。
一〇八星の想いに応える為にか、紋章同士のバランスを保つ為にか。
始まりの紋章に応えるべく、セツナに肩入れする為にか。
一〇八星を集え終えられたが故、始まりの紋章に相応しいは彼、と定めた為にか。
……その、如何なる所に、彼女の見遣る真の理由があろうとも、紋章の封印が解かれた──輝く盾の紋章に於ける最高位の魔法をセツナが振るえるようになった、ということは、黒き刃と対峙するには、それが必要だった、ということになる。
ジョウイの宿す紋章は、それだけの力を秘めている、ということに。
だから、こうしてカナタは、ロックアックスへ向かうセツナの後を追い、城内へ潜入にも付き従って来たのだが。
「僕の考えることも、端から見たら、さぞ奇異だろうけれど。彼女の考えることも、充分、奇異だ。どう考えても、予想外で厄介だ。──あの子の決着に、僕は手を貸せないと判っていて、そんなつもりもなくて。なのに、覚悟を決めるようにジョウイ君を焚き付けたんだけど……。輝く盾の向こうを張る、黒き刃、か……。彼女がこうすると判っていたら、もう少し、違うやり方を取ったのに……」
つらつらと、レックナートの施したことに思い馳せつつ、眉を顰めながらも、ぶつぶつ、口の中で文句を吐くのみに留め、カナタは、直ぐそこにはいるセツナのことを、胸の中にて想うのみで。