何か、激しい衝撃を受けたように『輝く盾』が『揺れ』、数拍の後、輝く盾と黒き刃が同時に放たれ。
「……セツナっ!?」
「おい? カナタ? どうした?」
が、放たれた二つが、彼等のいるだろう場所ではない場所へと向かっているらしき気配を感じて、一体、何が起こっている? とカナタは、追い縋る敵の殆どを倒し終えて、ホッと一息を付いた仲間達の問い掛けも無視し、走り始めた。
セツナとナナミが辿った廊下を、同じく辿っているのだから、敵の存在は皆無であってもおかしくないのに、何故か現れ挑んで来た白騎士達の姿に、まさか……、そんな風に思わせられながら。
セツナの身に、何か、そんな不安に駆られながら。
駆け抜ける足も止めずに、立ちはだかる敵を倒し、彼は、回廊を目指した。
セツナが、輝く盾の紋章を振るったように。
ジョウイも又、黒き刃の紋章を振るった。
義姉を、幼馴染みを傷付けられた、彼等の怒りをも乗せたそれぞれの魔法は、絡み合いながら、立ち竦むゴルドー達を襲い、そして、一瞬の後に、ゴルドーと白騎士達の命を奪って、静寂を呼び戻した。
「ナナミ? 大丈夫っっ?」
唯、一閃のみを放って、それが敵を討ち滅ぼすことを疑いもせずに、回廊に横たわるナナミへと駆け寄り、セツナは再び、彼女の身を抱き上げて、必死の声を掛け。
「大丈夫かい……? ナナミ…………」
セツナより数歩遅れて、ジョウイは静かに、ナナミの傍らへ寄った。
「……だいじょ……ぶ。私、お姉ちゃ……だから……。二人のこと、守……るの……。──ああ、ジョウイ……。……よか……った……。……やっと……私の知ってる……元の……優しい顔に、ジョウイ、戻っ……たね……。……だいじょ……ぶ……。だいじょ、ぶ……だから……」
己を覗き込んで来る、セツナとジョウイの瞳を交互に捕らえ、
「ダ……メ……。二人、とも……。喧嘩、しちゃ、駄目……」
途切れる声で、ナナミは、懇願だけを告げた。
「…………セツナ。ナナミを……頼む……」
震える声で、縋る眼差しで、傷付き、親友の腕の中より自分を見上げて来るしかないナナミを暫し見詰め返し、ジョウイは、低くぽつりと、セツナへそう言い残して、立ち上がり、何処へと去る。
「……ジョウイ?」
「セ、セツ……ナ……?」
何処へ行くの? と、踵を返したジョウイを、セツナは振り返り、呼び止めようとしたが、待って、と彼が言い出すより早く、ナナミが彼を呼んだ。
「ナナミ。喋っちゃ駄目だよ。今、魔法唱えるから待っ──」
「────……いい、の。……そんなこと、良いから……。それ……より、も……話、聞い、て……? 私……は、だいじょ……うぶ……。ちょ……っと、ドジ……っちゃった……だけ、なんだから……。……でも……。ね、セツ、ナ……。あの、ね……? ……一寸、だけ……お願、い……。お姉……ちゃん……って……呼ん……で……?」
「……ナナ……──。お姉ちゃん……?」
「……ありがと……──」
そうして、彼女は。
セツナが囁いた、『お姉ちゃん』の言葉に、緩く微笑んで、そうっと、目を閉じた。
眠り始める時のように。
「ナナ……ナナミ……? ナナミっっっ」
少しずつ、少しずつ、抱き抱える義姉の体が重くなっていくのを感じないではなかったが、セツナは幾度か頭を振って、彼女の名を呼び掛け、起きて、と、その身を揺さぶろうとして…………、が。
強く、瞼を閉じて。色をなくす程強く、唇を噛み締め。
冷たい、冷たい、石造りの床の上に、そっとナナミの体を横たえ、取り去った黄色い肩布を、その頭の下へ敷き、脱いだ上衣を丁寧に掛け、息を飲みながら立ち上がると。
バッと、全速力で、彼は駆け始めた。
昼は確かに遊び場の、けれど、夕闇に覆われた途端、恐ろしい横顔を見せ始める森から、暖かな家へと逃げ帰る、子供のように。
足許だけを見詰めて。
強く、両手を握り締めて。
彼は駆けた。
その先にて翻る、マチルダ騎士団の旗、それを焼く為に。