仲間達から聞かされた事情より、セツナを『溺愛』して止まないカナタの様子が、少しばかりとは言えおかしかったということは、と少々足取りを早めたシュウや、シュウと共に進み始めた傭兵コンビや伝説の剣士と、元来た道を駆けていたカナタとセツナは、同時に回廊の両端に姿を見せ、そして、その中央で行き会った。

「これは……」

横たえられた、ナナミを見遣り。

仲間達へと声も掛けず、ナナミの傍らに跪いたセツナを見遣り。

咄嗟に放った呻くような声をシュウは飲み込み、残りの者達は、唯、無言となり。

「旗の心配なら、しなくていい」

静かにカナタはそう言って、己の上衣を脱ぎ、セツナへと着せ掛けた。

「誰か、ホウアンをっっ!」

──追っ手を食い止める為に仲間達とテラスに残ったカナタが、少し様子をおかしくし、セツナの許へと向かった果て、告げた一言。

つい先程、テラスより消えたという彼が、先んじたセツナと共に戻って来て、告げた一言。

その意味を噛み締め、瞬きの間だけ、揺らがせた瞳でセツナを見下ろし、が、シュウは、噛み締めた想いを言葉にはせず、部下達を振り返り、医師を、と命じた。

「はいっ!」

正軍師のその命に、部下達は階下へと走り、程なくして、沈黙のみが支配するそこに、一人がホウアンを伴って戻って来た。

「…………未だ、息は有ります。今直ぐ、設備の整っているデュナンの城へ戻ることが出来れば、もしかしたら……」

呼ばれ、やって来る途中、兵士より事の仔細を聞かされていたのだろう。

事情を問うこともなく、ナナミの容態を看た医師は、セツナを見、次いでシュウを見上げ、告げた。

「あの中を、抜ければ済むんなら。行くぜ」

本拠地へ、そう言うホウアンの声に、ビクトールが一歩、前へと進み出た。

「……ここまで傷が深いと、魔法でも治癒は無理です。乱暴には動かせません。ですから………」

だがホウアンは、戦場を駆け抜けるような荒技でナナミを運ぶ訳にはいかない、と首を振り、

「シュウ殿。何処か……宿屋か、この城の一室か……安全な場所を設けることは、出来ませんか。出来るだけのことを、してみせますから」

本拠地へ帰るのが無理なら、このロックアックスの地で、ナナミを救う為の手立てを整える、と訴えた。

「ナナミの手当を終えるくらいの間なら、敵なんて、幾らだって防いでやる。シュウ、何処かないかっ」

すれば今度はフリックが、詰め寄るようにシュウへ言い──そこへ。

「伝令ですっ!」

一人の同盟軍兵士が、報告を携え飛び込んで来た。

「クラウス様よりの伝令ですっ。敵全軍が、撤退を始めました。ミューズ市方面を目指していると思われるとのことですっっ」

「本当ですか? 有り難いっっ」

「撤退? ハイランドが? ──ならば我が軍も直ちに、グリンヒルへと引き上げさせろ。各方面の国境警備隊はそのまま、受け持ちの関所へ。本隊は、マイクロトフとカミューの二部隊をロックアックス掃討の為に残し、残りは態勢を整えてから本拠地へ向かえと、クラウスとアップルに伝えろ。采配は、ハウザー将軍に任せる。ああ、それから、がら空きの城へ我々だけで戻る訳にもいかぬから、親衛隊付きの者達を直ちに、ロックアックス城の正門前へ。盟主殿に同道するように、と」

駆けて来た兵士の告げた報告に、安堵の声をホウアンは放ち、シュウは、考え込むような素振りを見せつつも、同盟軍の撤退を命じた。

「……いいか? セツナ」

「…………うん」

その為、彼等は弾かれたように、忙しなく動き始める。

「静かにですよ。そうっと。傷口が、広がらないように。余り、振動を与えないで」

セツナに一声掛けてから、ビクトールとフリックが、ホウアンが言う通りの注意を払いつつナナミを抱き上げ。

「念の為の、露払いをしてくる」

ゲオルグは、一足先に姿を消し。

「セツナ。戻ろう」

「はい」

カナタに促されるまま、セツナは歩き始めた。

────石ばかりで作られた城内に、高めに響くセツナの足音は、何時も通りの音だった。

トコトコ、何処か幼い風なそれに聞こえる、軽い足取りを思わせるそれ。

今は足音を消さないでいる、だがどうしても忍びやかになるカナタの音と、歩調を合わせた。

……けれど、常と変わらぬ彼のそれは、何処かゆるりとしていて、先を急ぐ仲間達の足音より遅れ始め、カナタのそれとも揃わなくなり。

「……セツナ」

仲間達の立てる音が、一つ先の角を曲がって、消えるのを待ち、半歩、己の後ろに付き従いつつも、足音を途絶えさせてしまいそうなセツナを、カナタは立ち止まって振り返った。

「何ですか? マクドールさん。……あ、僕一寸、歩くの遅かったですか? 御免なさい、さっき沢山走ったから、息切れしちゃって。急がないとですよね」

身を返し、まなこ細めるように見遣って来たカナタへ、セツナが見せた表情は、普段と変わらぬそれで。

放たれた声も言葉も、普段と変わらなかった。

だからカナタは、セツナにも聞こえる吐息を零して、その腕を伸ばし小柄な身を引いて、前のめりになった彼を、己が胸と両腕で以て受け止め、強く抱き締めた。

「…………僕は、大丈夫ですよ、マクドールさん」

「……そうだね。今は、ね」

どうして、そうされたのか判らない、そんな風に、収められた腕の中でセツナはカナタを見上げ、遣る瀬なさそうに、カナタはセツナを見下ろす。

「行きましょう」

「ああ」

そうして彼等は呆気なく、その抱擁を解き、再び、歩き始めた。

何時も通りの、足取りで。

何時も通りの、足音を立て。