北国の城より、帰還魔法に頼って戻った湖畔の古城の医務室前に、一人、二人……、と何時しか仲間達は集まった。

そこは、兵舎一階の談話場とも続いているから、ちらほらと姿見せ始めた一〇八星達だけではなく、一般兵も又、様子を窺うように、行ったり来たりし始め。

────時過ぎて。

何時しか夜の帳が降り、傭兵砦への陽動の任を終えたキバ達の部隊が戻って来た為に起こった喧噪と、例えようもない程重苦しい空気に、城内が覆われた頃。

医務室の扉前に、セツナや、カナタや、彼等の仲間達が集い始めて、どれだけの時間が過ぎたのか、もう判らなくなって来た頃。

立ち尽くす人々の前で、静かに眼前の扉は開き、医師が姿を見せた。

「大丈夫……なんだろう……?」

俯き加減で出て来たホウアンへ、誰かが、そろり、声を掛けたら。

「…………申し訳ありません……。私の……力不足、です……」

声を詰まらせつつ彼は、一層、面を俯かせた。

「嘘……だろう? ナナミがどうにかなるなんて、ある筈がないじゃないかっっ!」

「そんな! どうしてっ! ホウアンっっ」

肩を落とした医師を責めるかのように、アイリとフリックの二人が、声を荒げる。

「アイリっっ」

「止めろ、フリック」

すれば、リィナが妹のアイリを、ビクトールが相方のフリックを、それぞれ嗜めた。

「…………あの。ホウアン先生」

「はい…………?」

「ナナミに、会ってもいいですか」

「……ええ、どうぞ……」

息をするだけで苦しくなるような、纏わり付くその雰囲気の中、セツナは、真っ直ぐホウアンを見上げ、ナナミとの別れを請い、開け放たれた扉を閉めることなく潜って、室内へと進んだ。

診察台に眠る、義姉の顔を暫しの間覗き込んでから、声には出さず何事かを呟いて、そんなに短くて良いのかと、仲間達の誰もが言い掛けた程あっさり、又、廊下へと戻って。

「有り難うございました、ホウアン先生」

ぺこり、彼は頭を下げた。

「……盟主殿…………」

故に、医師は、益々声を詰まらせ、

「シュウさん。あのね、そのぅ……。後で、お願いがあるんだけど……」

「…………もう、真夜中に近い頃合いです。明日、お伺い致します。お疲れでしょうから、今夜はもう、お休みになられて下さい」

ホウアンへの礼を述べてそのまま、流れるような動きで見上げて来た主へ、全てのことは、明日、とシュウは、追いやるように言った。

例え一時限りでも、彼が盟主でいなくて良くなる場所へ向かわせよう、そう思って。

「え、でも…………」

「セツナ。彼の言う通りだよ。少し休もう? ね?」

行け、と言われ、僅かセツナは渋ったけれど、シュウでなく、今度はカナタに促されたので。

「そうですか……? ──じゃあ、お休みね、皆。又、明日ね。今日は、お疲れ様でした」

自分を見詰める、幾対もの瞳達を彼は見渡し、お休みと、『夕べ』のように手を振って、傍を離れる気はないらしいカナタと二人、本棟へと続く廊下の向こうに、彼は消えて行った。

「…………どうして……。何で、こんなことに……」

「ナナミちゃん……」

「ナナミ…………」

──落ち込む様子も見せず、歩き去って行く彼の背を送りながら、アイリが泣き始めの気配を漂わせれば、辺りからは次々、ナナミの名を呼びつつの、嘆きの声、啜り泣き、それらが上がり。

「これじゃあ、あんまりにもセツナが…………。あんなに、あいつは頑張って来たのに……。ナナミだって……っ。……なのに、ここまで来てっっ! ……どうしてなんだよっっ……」

ガンッッ! ……と、強く、フリックは壁に拳を叩き付けた。

「………………フリック」

そんな彼を呼び止めたのは、やはり、ビクトール。

「……何だよ」

「付き合えや。……呑み行こうぜ」

「………………ああ」

顎をしゃくり、素っ気ない言葉を放ったビクトールと、それに応えたフリックの二人は酒場へと向かい、それを合図にしたように、他の仲間達も又、肩を落とし、とぼとぼと、思い思いの場所へと散って行った。

そうして、ナナミが逝った夜。

湖畔の古城の何処からも、悲嘆ばかりが洩れた夜。

少女達は集って、声を涸らして泣きながら、その身を寄せ合い。

少年達はそれぞれ、誰共視線を合わせぬままに、各々の部屋へと引き蘢り。

大人達は、酒を注いだグラスの中身に、窓の向こうの景色に、憶うべきことを憶い。

ナナミの死を、悔やんで、嘆いて、その後。

誰もが一様に、セツナへと想いを馳せたが。

セツナとカナタの二人のみが籠った、最上階の扉は固く閉ざされたまま、夜が明けるまで、開かれることはなかった。