デュナン湖の畔に建つ同盟軍の居城の全てが、一晩、悲しみに包まれて数日。

我が儘以外の何物でもないと、シュウも、他の者も、それを言い出したセツナ自身も判ってはいたが、恐らくその我が儘は、セツナが口にする、最初で最後の『盛大』な我が儘であろうことも判っていたから、無理を押して、本当に細やかな人数で、秘かに、喪に服す為の衣装すら纏わず、セツナ達は、ナナミの亡骸を、彼等の『故郷』キャロに埋葬した。

──本拠地内にて執り行われたナナミの葬儀は、過ぎる程に簡素だった。

それに倣うように、埋葬の時も、又。

過ぎる程に簡素だった。

街に住まう者や、街を守るハイランド兵達に気付かれぬよう、朝日が昇ったばかりの頃、秘密裏に行われた、慌ただしいばかりの野辺の送りだった。

けれどそれでも。

そうせざるを得ないと、知ってはいても。

セツナはどうしても、キャロ以外には、ナナミの墓を作りたくなかった。

「……こんな形に、なっちゃいましたけど。帰れるかなって。何時か帰りたいって。ずっとナナミが言ってたここに、戻してあげることは……出来ましたから……。こんな風にしか、連れ帰ってあげられませんでしたけど……。せめて……、って。そう思っても、いいですよね…………」

湿った暗い土の中に、義姉を葬り見送るのを手伝ってくれた者達を一足先に帰し、共に残ってくれたカナタを一旦見上げてから、養祖父ゲンカクのそれに並び作られたナナミの墓に眼差しを落として。

最後にもう一度、そんな風に。

それを墓と知らぬ者には庭石に思えるだろう、真新しい墓石に水を掛けてから、セツナは、己が実家の裏庭の片隅に背を向けた。

「セツナと一緒に育った家で、ゲンカク老師と共に眠れるのだから、彼女も安らかだと思うよ。…………もう、疲れることもない。泣くことも、ない。故郷は、穏やかだ……」

己が城への帰路に着こうとしているセツナに添うように歩き出し、慰めの言葉をカナタは掛けた。

「…………マクドールさん」

「……ん?」

「一寸だけ、付き合って貰えません? 何時までも、僕がこの家にいるのは具合が悪いことだって、判ってるんですけど。元々この家の近くには、あんまり街の人達やって来ませんから、バレないでしょうし。……だから、少しだけ。……駄目ですか?」

ゆるゆる、と言うよりは、緩慢な歩調で進み、台所を、道場を抜け、家の前庭へと出て、ふ……っとセツナは、思い立ったように、寄り道を口にし出した。

「いいや。いいよ、付き合うよ」

その懇願に、カナタは頷きを返した。

故に、セツナはにこりと笑い、カナタの手を引き踵を返し、裏庭の更に向こう側の、『空き地』へと向かった。

……彼等が足先を向けたそこは、正確には空き地ではなく、空き地のような、と言った方が相応しい場所だった。

キャロの街の外れに、ぽつん、と遠退けられたように建つセツナとナナミの実家は、余り人は好んで住まぬ、覚束なく張り出す崖のような高台にあるから、その一角は、人の手を入れずに置いておく他ない場所で、雑草で覆い尽くされた、風ばかりが通るその片隅にある、大木の前へセツナは進んだ。

そうして、彼は、昇り切った朝日を眺めながら口を開く。

「昔から、ここ、僕達の遊び場だったんです。何にも、ないんですけどね。でも、景色だけは良くって。ここから見る夕日は、とっても綺麗で。……能く、ここで、ナナミとジョウイと僕の三人で、山の向こうにお日様が沈んでくの、眺めました」

「…………そうなんだ。……じゃあ、思い出の場所、だね」

「はい。綺麗な綺麗な夕日、ここで眺めて。夕御飯作る手伝いしなきゃー、って、走って道場に帰ってたんです。毎日、毎日。物凄く、頑張って走らなきゃ駄目だったんですよ。ナナミよりも先に着かないと、ナナミに台所立たれて、強烈な味の御飯、作られちゃいますから」

「成程ね。一日の終わりの駆けっこには、夕食が懸かってた訳だ。……必死に走ってたセツナ、想像出来るよ」

「ええ。死ぬ気で走りました、そりゃー、もう。死活問題でしたから。ナナミの御飯でお腹壊して寝込むのは、僕だって嫌でしたもん。──………………マクドールさん」

晴れ渡った空を眺めながら、大木の傍に立ち尽くし、思い出を語り、手袋を嵌めた右手を軽く翳しながら、彼は、カナタを呼んだ。

「……ん?」

「マクドールさんには、何度も言いましたけど。僕にとって、この紋章は、お便利アイテムです。レックナート様に封印解いて貰ったから、これでもっと……、ってロックアックス行く前に僕が言ってたそれも、変わってませんよ。僕の大切な人達のこと癒してくれる、道具の一つ、って。今でも、そう思ってるんですけど。……ナナミは、守れませんでした」

「…………セツナ」

「……でもね、マクドールさん。本当に、輝く盾の紋章は。僕にとっては、お便利アイテムなんです。色んな、意味で」

…………思い出語りを止め、名を呼びはしたカナタの方を見ようともせず、セツナはつらつら、紋章のことを言い始め、掲げたそれを見遣る瞳を、一瞬、歪ませた。

「セツナ」

例え、一瞬のみであろうとも、セツナの眼差しが歪な形を取ったから、カナタは両腕を伸ばして、セツナの胸許辺りに掲げられた彼の右手を、強く、包み込む。

「……大丈夫です、マクドールさん。僕は……止まれないですから。止まれないのって、しんどいことなのかも知れませんけど……歩けます。マクドールさん、一緒に歩いてくれるって、そう言ってくれたから。共に、ゆこうね、って…………」

輝く盾宿る、右手をカナタが包んだら、身をも寄せる風に僅かセツナは彼へと近付き、洩らすように呟いた。

「……ああ。そうだよ、セツナ。又、歩こうね。共に、ゆこうね。君が、望むなら。君が、願うなら。歩く時も、立ち止まる時も、走る時も、踞る時も。傍にいて、全てを、共に。…………僕は。何処にも、いかない」

その身の重さを傾けてきた彼を、カナタは抱いて。

深く、深く、抱いて。

幾度か、セツナの背を、優しく撫でた。

「…………帰りましょっか……」

「……もう、いいの?」

「……はい……」

だから、暫くの間セツナは、両の瞼を閉じて、カナタにされるがままになっていたけれど。

やがて、閉ざした瞳をゆるりと開き、全てを振り切るように、する……っと、カナタの腕の中より抜け出た。