自分の為の王国を作るのだ、と、それを宣言する為に、午前の内からネクロードが、ティントに姿を見せたから。

市庁舎兼ギルドホールへと戻る、全ての人の足取りは何処か重く、そして苛立ちを伝えていた。

「大体だな。山間に出来た天然の要塞のくせに、どうして市門の中まで、あんな野郎に入り込まれてんだ、ここはっ!」

「……悪かったなっ! 残念ながらこの街とて、人外の存在まで防げるようには出来とらんっ!」

故に、ホールへ向かう道すがら、八つ当たりのように文句をぶちまけたビクトールと、ビクトールの八つ当たりに八つ当たりで返したグスタフの、声高なやり取りは響き続け。

「…………マクドールさん……?」

「なぁに? セツナ。どうかした? ……ああ、『アレ』のこと? 気にしない方がいいよ、害虫より質の悪い吸血鬼の寝言なんて」

彼等の声音に半分だけ耳を貸しながら、皆殺気立ってるけど、マクドールさんも凄く機嫌悪いみたい……と、セツナは恐る恐る、上目遣いでカナタの顔を見遣った。

苛立ちを隠そうともしないビクトールやグスタフや、何かを思案しているようなクラウスやリドリーや、気丈に振る舞いつつも、どうしても怯えを消せないナナミ……と言った面々とは違って。

カナタは何時も通りの表情、何時も通りの態度、それを微塵も崩してはいないけれど。

一言で言うならば、『気』の雰囲気が違う、とセツナは、カナタに心配を寄せたのだが。

当のカナタが、様子を窺うようなセツナの視線にも声音にも、にこりと、常と変わらぬ、優しいだけの『全て』を返してみせたから。

「別に、『アレ』が言ったことを気にしてる訳じゃないんですけど……」

「……けど、何?」

「…………いえ、何でもないです。……マクドールさんは、平気かなー……って。一寸思っただけで……」

二人並んで進める、足の歩みを止めずにセツナは、小声で思いを呟いた。

「……アリガト。心配してくれたんだ? でも、僕は大丈夫だよ」

だから。

じーっと自分を見詰めるセツナの呟きを聞き止めたカナタは、ふわり、と手を伸ばして、セツナのこうべを緩く撫でてみせた。

が、実の処はセツナの想像通り、ネクロードが出現した所為で、密かに損ねられたカナタの機嫌は、彼の心の下部を漂っており。

戻ったギルドホールの、グスタフの執務室にて。

「このティントを潰すだと!? ……ネクロードの奴……。勝手なことをほざきおって……」

「……グスタフ殿。お気持ちは判りますが……。それよりも、あの吸血鬼とどうやって戦うかを、早急に考えなければなりません」

「そうだな。……彼奴の口振りでは、今回の彼奴の行動と、ハイランドとは何の繋がりもないようだから…………──

そんな風に、グスタフとクラウスとリドリーが、話し合いを再会した時。

数ヶ月前、ジョウストン都市同盟の盟主市・ミューズがハイランドの手に陥ちてより、その行方を人々に悟らせぬまま、ミューズ市々長であるアナベル亡き後、市々長代行となったジェスと、ミューズ市軍を纏めていた将軍だったハウザーがその議場へ乗り込んで来たから、カナタの機嫌は、一層悪くなった。

話し合いの席へ、不躾に飛び込んで来たジェスは。

「この騒ぎは何事ですか、グスタフ殿っ!」

声高に叫びながら、その室内の、最も窓辺に近い位置に立っていたグスタフへと詰め寄り掛け……が、その途中で、ふっ……と、輪の中心にいたセツナに目を止めて、その瞳を見開き立ち止まり。

恐らくは、怒り故に、なのだろう、瞬く間に顔を赤くして、セツナを囲んでいた人々を押し退け、つかつかと近寄り、唐突な非難を始めた。

「セツナっ! どうして貴様がここにいるっ!」

「……………どうして、と言われても、困っちゃうんだけど……」

すればセツナは、えーと、と、困った風な笑みを浮かべて、ジェスの怒鳴り声を受け流した。

「ジェス殿。ハウザー殿も。……首尾の方は如何でしたかな?」

と、そんなジェスとセツナを見比べて、冷たい空気が流れた場を塗り替えるように、グスタフがジェスを促し。

「……何とか、元ミューズの兵と、元グリンヒルの兵、合わせて五千を集めることは叶いました。これで、ネクロード達の潜む場所に、撃って出ることは叶います。……………ですが、この話を進める前に。──グスタフ殿っ。どうしてこの場にこの少年がいるのが、お答え頂きたいっ。今ここには、アナベル様の代行者である我々も身を寄せさせて貰っているのに、どうしてっ!」

グスタフの問いに答えながらもジェスは、押さえられぬ憤りと憎しみの篭った、刺す程に鋭い一瞥を、セツナへとくれた。

「ジェス殿も、ご存知の筈だが? セツナ殿が、同盟軍の盟主であると。……セツナ殿は、我々と共に戦ってくれると約束してくれた。だから、ここにいるのだが?」

「馬鹿なことを……。同盟軍の盟主? 共に戦う約束をした? この彼に、誰も彼も騙されているのにっ。良くそんな悠長なことが言えるっ! 都市同盟の人間じゃないばかりか、ハイランドの回し者であるこいつの、言うことも、することも、何一つも信用出来ないのにっっ」

「……おい、ジェス、てめえ。それこそ、良くそんな口が叩けるな。セツナが今まで、どんな目に遭わされて来たのかも知らないでっ! どれ程の苦労をして来たか、どれ程の思いをして来たか、それも知らないでっ。俺達皆がこいつに、騙されてるだぁ?」

「そ、そうだよ……。……そうだよ、私達だって、別に好きで………………」

──ジェスが。

余りにもあからさまな憎悪の眼差しを、セツナへと向けるので。

グスタフが彼へと言葉を掛け。

が、ジェスはグスタフの言葉を撥ね除け。

これ以上、罵詈雑言を黙って聞いていることは出来ない、とビクトールがジェスへと食って掛かり。

ビクトールの後ろから、ジェスの方へと顔を覗かせてナナミは、小声で言い募ったけれど。

「俺は、見たんだ、あの夜」

ジェスは今度は、己の胸倉を掴みそうな勢いを見せたビクトールを、冷たく睨み。

「ミューズが陥ちたあの夜、アナベル様の部屋へ行った時、俺は見たんだっ! 胸を刺されて倒れているアナベル様と、その横にしゃがみ込んでいたセツナとナナミをっ!」

あーらら……と、益々困った顔を作り、が、何処か他人事のように人々を眺めていたセツナへ向き直った。

「セツナ。お前はあの夜、何をしていた? あそこで一体、何をしていたと言うんだっ! アナベル様を殺したんじゃないのかっ!? 答えられるものなら、答えてみろっ!」

…………何を、言い募っても。

同盟軍の盟主として常に湛えている、何処となく頼りな気な笑みを崩さぬセツナの態度が、余程癇に障ったのだろう。

ジェスは、一層声を張り上げて、あの夜の真相を問い質したが。

そう言われても……、と。

口の中でだけセツナは呟いて、先程ネクロードと対峙した時のように、多くを語ろうとはしなかった。