「……答えられないのか? 答えられる筈もないか? 貴様がアナベル様を殺したから、答えようがないんだろうっ!!」

無言を通す、セツナの態度。

何も言わずに、否、何も言えずに、唯俯いてしまったナナミの態度。

瞳の端でそれを確かめたジェスは、二人の様を、肯定、と受け取った。

故に彼はそのまま、畳み掛けるようにセツナへと迫ったが。

「推測で物事を語るのは、止めておいた方がいい」

そこまでが。

三年と数ヶ月振りにネクロードと巡り会ってよりずっと、機嫌を損ねていたカナタ──何が遭ろうとも、セツナを『溺愛』して止まないカナタの、忍耐の限界だったらしく。

彼は、セツナとジェスの間に割り込むように立って、にこっと、それはそれは『素晴らしく』笑みながらも、ジェスを見据えた。

「…………誰だ」

「僕? 僕はカナタ。カナタ・マクドール。──ジェス、と言ったね、確か。……そちらがどう思おうと、それはそちらの勝手だけれど。一つ、聞いてもいいかな。貴方は、アナベル女史の部屋に行ったら、刺されて倒れている彼女と、その場に居合わせたセツナとナナミちゃんを見たから、二人が彼女を殺したんだと思った……んだったね」

「……それが、どうかしたとでも?」

「『あの夜』とやらに。そちらが見たのは、それだけだ。『アナベル女史をセツナが刺した場面を見た』のではなく。『アナベル女史が刺されて倒れている部屋に、セツナとナナミちゃんがいたのを見た』んだろう? …………八つ当たりも、程々にするんだね。仮にも、為政者であるならば。人の上に立つ者のそんな態度は、見苦しい事この上ない」

その瞳も、その頬も、確かに綺麗に笑んでいる、と言えるのに。

どういう訳か、ゾッとするような印象を与えて来るカナタに見据えられてジェスは、一瞬怯んだ様子を見せたけれど。

「カナタ・マクドール……。ならばそちらは、『トランの英雄』だな? ──セツナ同様、都市同盟の者でもない、況してや長年ジョウストン都市同盟の宿敵だった赤月帝国出身者の言葉に、貸す耳の持ち合わせはない。宿敵の国の、『父殺し』が吐く戯れ言の、何を信じろと?」

吐き捨てるように、ジェスはそう言い。

「…………ジェスさん。謝って貰えません? マクドールさんに」

ぴくりと肩を揺らして、それまで無言を決め込んでいたセツナが、徐に口を開いた。

己ではなく、カナタに謝れ、と。

「謝れ、だと?」

「……謝って下さい。マクドールさんに。言って良いことと悪いことがあるのくらい、ジェスさんだって知ってるでしょ? だから、マクドールさんに謝って下さい」

「何故俺が、貴様の言葉を受け入れて、敵国の人間に頭を下げなければならぬと──

──ジェス殿」

故にジェスは益々激高して、カナタとセツナの二人を激しく睨み付けたが、そこに、今度はリドリーが割って入って。

「…………ジェス殿。これ以上、我々の盟主殿を侮辱することも、我々に助成してくれているマクドール殿のことを侮辱するのも、許しませんぞ」

毅然とした態度を見せてリドリーは、挑むようにジェスを見た。

「……失礼する」

だから、そこで漸く彼は言葉の礫を収め、ハウザーへと視線で合図を送って、足早に、その部屋を辞して行った。

「………………話し合い、を……進めるとしましょう」

彼等が部屋を出て行って暫し。

グスタフの執務室には、気まずいような、重苦しいような、そんな雰囲気が流れたけれど。

何事もなかったかのように装いながら、クラウスが、議題を進めよう、と言い出したので、人々はそれぞれ、クラウスの言葉に頷いて、ティントを我が物にしようと企む、ネクロードとの戦いに関する話を再び始めた。

ジェスとのやり取りのことなど、どうと言うことはない、そんな顔をして、そんな声を放って、大人達の会話に混ざったセツナが、誰にも判らないようにそっと、カナタの赤い上着の裾を掴んでいるのも、裾を握り締めるセツナの手を、カナタがずっと、地図の広げられたテーブルの下で包み込むようにしているのも、気付かない振りをして。

人々は、唯。

近々、ティントを攻めて来るだろうネクロードとの決戦にのみ、意識を傾けた。

後回しにされてしまった朝食も。

結局摂ることは出来なかった朝食を補う意味も込めた昼食も。

夕食、すら。

摂ることすらままならず、その日の夜は更けて。

ああでもないの、こうでもないの、と、意見だけが交わされ、実の処、何一つとして実らなかった話し合い──軍議が終わった後。

「……疲れちゃったねー……。一日掛けたのに、何にも決まらなくて……」

時折議場の隅で、マルロの用意してくれた紅茶と焼き菓子を、申し訳なさそうに食べながら話し合いに参加していたナナミは、カナタやセツナと共に議場より出、その館の一階ホールを歩きながら、心底疲れたように、ぼそり零した。

「ナナミはああいうの、あんまり慣れてないから。余計かもね。……そうだ、お腹空いたでしょ? ナナミ。何か食べておいでよ」

だが、疲れた、の言葉は決して告げず。

ほわほわと笑いながらセツナは義姉を労り、御飯食べておいでよ、と促した。

「そうだなあ……。どうしようかなあ……。でも、クッキーちょこちょこ食べてたから、そんなにお腹は空いてないんだ。それよりもセツナは? セツナこそ、お腹空いたんじゃないの? 私みたいにお菓子食べてた訳じゃないし、お茶だって、碌に飲んでなかったし」

「お腹空いたの、通り越しちゃって。食べたくないから、今はいいよ。……あ、マクドールさんはお腹空いてません?」

「ん? ……いいや。僕ももう、どうでも良くなっちゃってね」

一階ホールを通り過ぎ、途中で擦れ違った、グスタフの娘リリィが、「お父さんを探しに行くのー」と駆け廻っている姿を横目で眺め、階段を昇り。

三人は、そんな会話を交わしながら二階の廊下を奥へと進み。

「…………あ」

「何、何か用なのっ! それとも、ヤる気っ!」

と、セツナに宛てがわれた客間の前に佇んでいた、ジェスの姿を見付けて。

セツナは呟きを洩らし、ナナミはジェスへと駆け寄るや否や、食って掛かり。

カナタは押し黙ったまま、セツナを己が背の後ろへ押しやった。