だが、それぞれ、それなりの態度を示した三人を眺めてジェスは。
「別に、やり合いに来た訳じゃない。が、但、これだけは言っておく。……セツナ。アナベル様を殺したのが誰であろうと。俺はお前を認めない。この都市同盟は、都市同盟の人間の手で守るべきだと、俺はそう思ってる。アナベル様が守ろうとしたジョウストン都市同盟を、ハイランドからやって来た、かつての英雄の子に救われるのも、都市同盟とハイランドの戦いにトランの助成を請うのも、俺は御免だ」
低い声で、呟くようにそう言って、三人へ、くるり背を向け、その場より立ち去った。
「……何よ。……何よ、何よ、何よ。ベーーーーーーーーーー! っだっ!」
去って行くジェスの背へ、ナナミは盛大に舌を出し、悪態を付いてみせたが。
「…………若いのに、朴念仁だね、彼」
「ヤーですよねー、ジェスさんも頭堅くって。どうして、大人ってああなんでしょうねー」
カナタとセツナの二人は、のんびり、と言った口調で、そんなことを言い合ったので。
「……え、えっと……。──私、寝るっ! お休みなさい、マクドールさん。お休み、セツナ。又明日ねっっ」
一瞬、信じられないモノを見る目付きをナナミは二人へくれて、己の思いの持って行き場をなくしたような誤摩化し笑いを浮かべ、眠る! と告げるや否や、己へと宛てがわれた部屋へと駆け出して行った。
「お休みーーー」
パタパタと、夜更けに相応しくない足音を立てて駆けて行ったナナミを、セツナは声を掛けて、カナタは無言で、『やり過ごし』。
入った、客間の入り口付近で立ち止まってカナタは、もう、ジェスのこともナナミのことも頭にはない風に、セツナの顔を覗き込んだ。
「ねえ、セツナ。さっきの話だけれど。……お腹空き過ぎちゃって、じゃなくて。食欲がない、の間違いじゃない? 少し無理してでも、食べた方がいい。今日は何も口にしてないのだから。顔色、余り良くないし」
「え? そんなことないですよ。明日になったらちゃんと食べますから。それに、そう言うマクドールさんだって、今日一日、何も食べてないじゃないですか」
だが、心配そうに覗き込んで来た漆黒の瞳の中に収まって、尚、セツナはそう言い張った。
「僕のことはどうでもいい。問題は、君。……そうだな……。君が、今は何も食べられないと言うなら、せめて、暖かい物でも飲まない? ね? 僕もそれなら付き合えるから。ミルクとか。ココアとか。それだけでもいい。貰って来てあげるから」
「でも…………」
「……僕の為に飲んで。ね?」
すればカナタは、考え込むようにしながら言葉を選び、それでもごねたセツナを、反論出来ぬ一言で封じ込め。
「待ってて」
するりと、潜ったばかりの扉をすり抜け、廊下の向こうに消えた。
「…………落とし所、良く判ってるよねー、マクドールさんって……」
出て行ったカナタを、セツナは物言いた気な眼差しで見送ったけれど、何を言っても無駄だから、と彼は、独り言のみを零して、ぽふん、と、壁際に置かれたベッドの一つに身を投げ出した。
そうして彼は、整えられた枕を引っ掴んで抱き込み、コロコロと、掛け布の上を転がる。
誰にも洩らしてはいないが、カナタには指摘されても仕方ないと思える程度、自身の体調が思わしくない自覚はセツナにもあって。
故に、カナタの言う通り、何か少しでも胃の臓に収めた方が良いのも、彼とて判ってはいるのだけれど。
朝の騒ぎが、存外尾を引いてしまっているのか、どうしても一日、滅多なことでは失わない食欲すら湧かなかったから。
コロコロとセツナは、ベッドの上で転がって、カナタが戻って来るまでの時間を、押し流してしまおうとした。
────誰に何と言われても、どう思われても、アナベルを殺したのは己ではない、それが事実で、但、『本当の話』を皆の前でしたくなかったから黙りを決め込んだだけのことであり、疾しい所など一つとてなく。
信頼するに足らない、などと言い捨てられる覚えもなく。
自らの意思で、自分は同盟軍の盟主となって、ハイランドが、とか、都市同盟が、とか、そのような括りなど入り込む余地すらない場所で、幸せになる為に、自分を取り巻く全ての人が幸せになる為に、と、歩んでいる己が道を、後ろ指指されなければならない覚えもないから。
気にすることなんて、何もない……と。
セツナは確かに、そう思っている。
大勢の仲間達が自分を信じてくれているように、何時かジェスにも、判って貰える日は来るだろうから、とも、彼は思っている。
でも、それでも。
何の謂れもない非難だと、胸を張れても。
あからさまな憎しみを込めて与えられた、言葉の刃の傷は、そんなセツナの中でも、簡単には塞がってくれず。
ジェスの言う通り、都市同盟の者でもなく、かと言って、ハイランドのキャロが故郷、と自ら定めているだけで、ジェスにも理解出来るような形で、『戻る』べき括りが何処なのかを言えない自分には……、との思いも消えない、今のセツナは。
もやもやとした思いを晴らすこと出来ぬまま一人きりでいたら、どうにかなってしまいそうだ、と。
早く、マクドールさんが戻って来てくれればいいのに……と。
独りぼっちの時間を、そうやって、流してしまおうとしていた。
────が。
「………………あの、ね。セツナ?」
カナタが傍にいてくれぬ時を、そんな風に彼が誤摩化そうとしている処へ、控え目に客間の扉を叩いて、ナナミが顔を覗かせたから。
「あれ? どうしたの? ナナミ」
パッと、表情も態度も塗り替えて、セツナは起き上がった。
「……あの……。御免、ね? 休んでるとこ邪魔しちゃって。……でも、部屋の前でぐずぐずしてたら、マクドールさんが下に降りてくの見えたから……。セツナ、今なら一人かな、って、そう思って…………」
うっかり、枕を抱えたまま起き上がってしまったのを、さも、寝ようとしていたんです、との風情に見せ掛け、セツナがナナミを見遣れば、彼の義姉は躊躇いがちに、彼の傍へと進み。
「話が、あるんだ…………」
怖ず怖ずとナナミは、枕を抱き抱えてベッドの上にしゃがみ込んだセツナへ、話が、と言い出した。
「話? なぁに?」
「………………今更、かな……って。そうは思うんだけど。……セツナ。もう、こんな戦いなんか止めようよ。セツナが戦わなきゃいけない理由なんてないよ。戦って、傷付いて、人を殺めて。……セツナが、そんなことする理由も必要も、ないよ……」
……改まって、話が、と言ったナナミを、ふん? と首を傾げてセツナが促せば、ナナミは俯いたまま辿々しく、『話』の中身を語って。
「どうして? どうしてセツナが戦わなきゃいけないのか、お姉ちゃんには判らないよ。ジェスさんに言われた通りだよ。私達は都市同盟の人間じゃない。でも、ハイランドの人間でもないじゃない。──あの頃の私達には判らなかったけど。ゲンカクじいちゃんが都市同盟の英雄だからって、キャロの皆はよそよそしかった。だから私達は、ハイランドの人間じゃないんだよ? 私達、ハイランドを追い出されたんだよ? でも、都市同盟の人間でもないんだよ? 私も、ジョウイも、セツナもっ。だから、都市同盟とハイランドの戦争なんかの為に、セツナが戦わなきゃいけない理由なんて、何処にもないじゃないっ」
一息に彼女は思いを吐き出し、俯かせていた顔を上げた。
「………………御免ね、ナナミ」
だが。
床へと落としていた顔を上げた義姉に、真っ直ぐ見詰められてもセツナは。
盟主としての彼が浮かべる、何時も通りの笑みを湛え、ナナミを見詰め。
御免ね……と。
一言を告げた。