急いで戻った、ギルドホールの執務室にて。

ビクトールとグスタフと、ティント市軍選りすぐりの、何名かの兵士達と共に。

市内地図と、坑道内部の見取り図をテーブルの上に広げて、カナタとセツナは、急を要する策を練り始めた。

──確かにこの街は、天然の要塞だね。周囲を切り立った山に囲まれているから、市街地に限って言えば、市門方面より他、攻め込む場所はない」

「ああ、俺達の自慢の街だからな。街の中は、市門付近を固めれば……」

「でもグスタフさん。坑道の方は? マクドールさんも今、市街地に限って言えばって言ってましたし。この辺の炭坑は凄く複雑で、何処がどう繋がってるのか、地元の人でも判らない場所がある、って、クロムの村の鉱夫さんに、僕教えて貰いましたよ」

「……ああ、そう言えば、誰だったかそんなこと言ってたな。見取り図なんざ余り当てにはならねえ、って。……とすると、この街の坑道と、後は…………──

────地図を乗せたテーブルを囲んで。

カナタ、グスタフ、セツナ、ビクトールはそれぞれ、思うことを言い合い。

彼等は暫くの間、市街地の何処にどれだけ、市軍の兵を配置するか、坑道の守りはどうするか、それを決めていたが。

「……あの……すみません……」

そこへ、薄く執務室の扉を開けて、マルロが顔を覗かせ。

「何だ? マルロ」

「お食事の方、どうされるのかと思って…………」

未だ誰も摂れずにいる朝餉をどうしたらいいのか、とマルロは、怖ず怖ず尋ねて来た。

「…………セツナ。……朝御飯、食べない……?」

すれば。

マルロが告げたことを、これ幸い、とでも思ったのか。

それまでは部屋の隅で所在な気にしていたナナミが、すすっとセツナに近寄って、上着の裾を引いた。

「え、でも……」

「だってセツナ、昨日だって、一日何にも食べてないじゃない。具合悪くしちゃうよ? ……お願いだから。戦うんなら、御飯くらい食べてよ……」

「んー、でもだけどー……」

ナナミに誘われたセツナは、今は御飯なんて言ってる場合じゃ、と、義姉の誘いをやんわり退けようとしたが。

「行っておいで、セツナ。その間に、軍議は進めておくから。ナナミちゃんの言う通り、何かお腹の中に入れないと、体を壊してしまうよ」

ティントに着いてからこっち、余り顔色の良くないセツナを少しでも休ませようと思ったのだろう、カナタが、ここは僕が『代役』になってあげる、と暗に告げ。

「……ああ、そうか。お前、昨日から何にも食べてねえのか。なら、食って来いよ、朝飯。三十分くらいお前が席外しても、どうってことはない」

ビクトールも、渋い顔をしながら、飯をかっ込んで来い、とセツナの背中を押したので。

「じゃあ……一寸だけ。……御免なさい、グスタフさん」

「いやいや。セツナ殿に具合を悪くされるよりは」

ぺこりとグスタフに軽く頭を下げて、ナナミに引っぱられるままセツナは、食堂へと向かった。

「…………あんなに細っこい体をしてちゃあな。人の倍くらい食え、と言いたい処だ」

義姉に引き摺られるようにして部屋を出て行ったセツナを視線で追い掛け、グスタフは言う。

「……セツナ、人の倍、食べはするんだけどね……」

「……だなー……」

そんなグスタフの独り言を聞き付け。

カナタとビクトールは目を見合わせて、どうしてあれで太らないんだろう……と、常々思う疑問を口にしてから。

「さあ、早い処、手筈は整えてしまおう」

カナタの号令の下、人々は、軍議に戻った。

夕べ。

カナタに抱き締めて貰いながら眠ったら、落ち着くことが出来たのか、大分気分も上昇して、昨日はなかった食欲も戻って来ているから、お腹が空いているのは確かだ、と。

ナナミに引き摺られるまま、ギルドホールの食堂に向かったセツナは、さっさと朝御飯を食べて、皆の所に戻ろうと、そう考えていた。

だが、食堂の扉を潜った途端ナナミは、走ってマルロの傍に寄って、セツナを尻目に何やらを頼み。

ナナミの頼みに頷いて、何処からか、籐籠を持って来たマルロよりそれを受け取り。

彼女は、食卓の上の大皿に盛られた、軽食仕立ての朝餉を、ナプキンを敷き詰めた籠の中へと詰め込み始めた。

「…………ナナミ? 何やってるの?」

「ん? こんな所じゃなくって、外で朝御飯食べようって思って。ね、そうしよう? セツナ。きっと気持ちいいよ?」

そんな彼女へセツナが疑問を向ければ、くるりと首だけを動かして、手先は止めずナナミは、外で御飯を食べる支度、と言い放った。

「……あのね、ナナミ。未だ朝だし。確かに外で御飯食べたら、気持ちいいだろうけど。でも、今はそんなことしてる場合じゃないって、判ってる?」

「判ってるわよ。でも良いじゃない。同じ三十分なら、何処で食べても一緒だよ。なら、気持ちいい方が良いじゃない。何も遠くまでピクニックしようって言ってるんじゃないの、お姉ちゃんは。一寸その辺の空き地とかで御飯食べようって言ってるだけ。……ほらほらっ。時間勿体ないから行くよ、セツナっ!」

あっけらかんと、午前の空の下で食事を、と言うナナミに、今は何が遭っても『盟主である時』との自覚はあるセツナは、一寸待ったっ! と異議を唱えたが、義弟の異議なぞに、ナナミが耳を貸す筈もなく。

「え、ちょ……一寸、ナナミっ。駄目だってばっ。幾ら何でもそれは駄目だってばーーーーっ!」

「いいから、いいから。セツナだってたまには、気分転換しないとおかしくなっちゃうよ」

ナナミは、セツナの服の襟首掴んで、又ずるずると彼を引き摺り、強引に、ギルドホールの外へと出た。

「あーのーねーぇぇぇぇ……っ……」

「何よ、どうしてそんなに怒るのよ。お姉ちゃんが折角、気持ちいい場所で御飯食べようって誘ってるのにっ!」

「……時と場合って言葉、知ってる?」

「そんなの知ってるに決まってるじゃない。時が『時間』で場合が『都合』よ。……ほらっ。ごちゃごちゃ言ってないで、自分で歩くっ!」

「…………物凄く間違ってるよ、ナナミ…………」

故に、暫く。

ギルドホールから遠離りながら、ぎゃあぎゃあと、口先による姉弟喧嘩を彼等は続けていたが、やがて、常のように、ナナミに逆らう『愚かさ』にセツナが気付いて、二人の口論は止まった。

「あれ? こんな所まで来ちゃった。ま、いっか。ここで御飯食べよーっと」

そして、口論が終わると同時に、ナナミは足をも止め。

キョロキョロと辺りを見回し、この辺でいいか、と座れる場所を探し始めた。