ナナミに引き摺られるままやって来てしまった場所は、一体何処だろう? と。
慌てて、彼女のように辺りを見回し、坑道の入り口が、直ぐそこにあると知り。
「んもーーーっ! こんな所まで来ちゃってーーーっ。……仕方ないなあ、もうっ。……早く御飯食べて帰らなきゃ……」
思いの外、ギルドホールから離れてしまった、とセツナは慌てて道端に転がる大きな石の上にしゃがみ、御飯、と義姉を促した。
「…………あれ? ねえねえ、セツナ。何か騒いでるよ?」
しかしナナミは、服の裾を引っぱったセツナの手を、ぺしり、と叩き。
「どうかしたんですかーーー?」
何やら騒ぎが起きているらしい坑道入り口で、深刻な顔をしつつ話し込んでいる、鉱夫達の輪の中に『突っ込んで』行った。
「……ナナミ……………。置いてっちゃうからねっ!」
そこに騒ぎがある、と知るや、首を突っ込まずにはいられない性分の彼女へ、セツナはぶうぶうと文句を零し、が、彼も又、そんな性分を持ち合わせているが故に、ナナミの後を追い掛け。
「ん? ……どうもな、落盤事故があったらしくって。中の連中が帰って来ねえんだよ」
「落盤事故?」
何々? 何の騒ぎ? と大人達にちょっかいを掛け出したナナミを追いやりもせず、事情を説明してくれた鉱夫へ、セツナは自ら話し掛けた。
「ああ。……でもな、一寸変なんだ。中で落盤がありゃ、大なり小なり、ここにも音か衝撃かは届く筈なんだが、それはなかったし。なのに中の連中、戻って来ねえし」
「確かに、変ですね」
「じゃあ、それって、落盤事故じゃないってこと? ねえねえ、セツナ、私達で様子見て来ようよ」
すれば鉱夫は、更に説明を重ね、セツナは鉱夫の弁に頷き、ナナミは、中をと言いながらもう、坑道へと駆け出した。
「まあ、何か遭ったなら放っとけないし……」
だから、あっ! 又っ! と、素早い義姉の動きにぷっと頬を膨らませ、ギルドホールでの軍議のことを気にしながらも。
「僕達で、中の様子見て来ますね」
「お、そうしてくれるか? 悪いな」
鉱夫達へとそう告げて、セツナはナナミの後を追い掛けるように、坑道の中へと潜り込んだ。
入り口を潜り、踏み込んだそこは、想像していたよりも明るかった。
ティント市国の営みを支える為、日々掘り続けられている鉱山の坑道だから、あちらこちらに、幾つものランプが煌煌と灯されていて、奥へ進むことを躊躇わせるような暗さは余りなく、同盟軍本拠地にあるそれのように、何年か前、この街を訪れた発明家が勝手に拵えて行ったという、エレベーターのような物を使って、一階層分地下へと降りてみても、暫くは一本道で、迷うこともなかった。
流石に、奥へ奥へと進むにつれ、道幅は細くなり、枝道も顔を覗かせ始めたが、それでも坑道は、トロッコを悠々通せる程度、広さがあり。
入り口付近から、一定の間隔で設置されているランプの灯りも、どれ一つ、消えてはいなかった。
それに加え、辺りは随分と静かで。
鉱夫達が訝しんだように、到底、落盤事故が起こったとは思えぬ程だったから、或る程度の奥まで潜り込んだ、セツナとナナミの二人は。
「誰かいませんかーーーー!」
「ナナミ、落盤事故、本当に遭ったかも知れないんだから、大声出さない方がいいよ、きっと」
「えー、でもー」
「誰かいるなら、静かにしてた方が声聞こえるよ」
帰って来ないという鉱夫達を探しながら、一層の、奥を目指した。
だが、進めど進めど、変わらない景色と静寂のみがそこにはあり。
人の気配もなく。
一度、戻ろうか、と、二人が言い合い始めた頃。
急に、空気がざわめいて、自分達以外の気配が湧き。
「…………セツナ、あれっ!」
「あ、出た」
気配が生まれた方を振り返ったナナミは、突如現れた影を指差し。
……あー……、と。
ほんの少しだけ渋い顔をして、セツナはのんびり、影を見詰めた。
片手に持った羽ペンで、市内地図と坑道見取り図に、幾つか印を書き込みながら、周囲の者達と、配備の為の検討を重ねていたカナタは。
ふっ……と顔を上げて、執務室の、窓の向こう側へと目をやった。
「そろそろ、一時間近いね」
「……あ? ああ、そう言われてみればそうだな」
窓辺を見遣り、手を止めて、時計を振り返るでもなく、セツナが出て行ってより過ぎた時をカナタが口にしたから、ああ、言われてみれば、とビクトールは、壁に掛かる時計を眺めた。
「もう、戻って来てもいい頃なんだけど」
「セツナか? 放っといても、その内戻って来んだろ。ナナミだって一緒なんだし」
「『こういう時』に、時間守らない子じゃないって、ビクトールだって知ってるだろう? …………何か遭ったかな。一寸、様子見て来る。暫く、ここ宜しく」
「…………過保護」
長針の進みを見詰めながら、きっとその内に、とビクトールは気楽に言ったが、カナタはそれでは納得せず、傭兵に揶揄されながら、天牙棍片手に、執務室を後にした。
足早に廊下を歩き、食堂を覗けば、マルロに、外で朝食を食べようと主張した義姉に、セツナは連れて行かれたままだと思う、と教えられ。
ならば、と玄関ホールを出てみれば、そこに立っていた警備の者に、「盟主様なら、何十分か前に、あちらの方へ行かれましたよ」と、セツナとナナミが消えた方角を教えられ。
「確かこの道、真っ直ぐ行けば…………」
衛兵が指し示した道の先を、睨むように見遣ってカナタは、弾かれたように走り出した。