小脇に抱えた書類を、眼前に掲げてみたり、ちらりと位置をずらして視線を走らせてみたりしながら、時折、その内容を確かめつつ。
「えーとですね。もう間もなく行われる筈の、ルルノイヘの侵攻に関しては、今の処その策で行くと、シュウ軍師の方から申し伝えられていまして。えーと……それで……。後、何をお伝えすれば良かったんだったかな……。……ああ、関所、のことなんですが……──」
兵舎の方へと向かうその足は留めず、ほんの少しばかり世話しなく、フリード・Yは、後ろを付いて来る二人の傭兵へ、説明を続けていた。
「あー、判った、判った。それに関しちゃ、俺達もシュウから直接聞いてるから。そんなに何度も、念押しすんなよ」
常よりも、多少早いテンポで歩きつつ、真剣な面持ちで説明を続けるフリードに、片目を瞑りながらビクトールが、ガシガシと頭を掻いた。
「ロックアックス攻めから、一ヶ月近く経ってるんだぞ? いい加減、シュウに云われなくとも、自分の隊の準備くらい、整ってるさ」
相変わらず、真面目一直線な奴だな……と、フリックも、フリードへと苦笑を浮かべた。
──それぞれ、ビクトールはレストランで、フリックは舞台の観客席で、油を売っていた処を、探しに来たフリードに捕まって、兵舎の方への同道を望まれたが故、彼等は今、そうしている。
そんなに繰り返さなくても、判ってるって、と云いたくなることを、繰り言のように喋り続けるフリードに引き連れられて、たらたらと、何処となくだらしない風に、前を行く青年将校に従い、傭兵二人組は、本棟二階の廊下を歩き。
「いいんですよ、くどいくらいで。ルルノイエを攻め落とすことが出来れば、長かったこの戦争も終わるんですから。最後の戦いって奴ですからね」
二人の態度に気付いているような、いないような佇まいのまま、フリードは口を開き続けていた。
「私には私の、任務と云うのがあるんです。……えーーーと。兵舎の方に、行軍の予定表と配置図が用意してありますから、それ、持ってって下さい。お二人への用事は、それを渡してしまえば終わりです。……後は……あ、そうか、リィナさんやアイリさん達に……──」
「何だ? あの姉妹にも、何か用事があんのか? お前」
「ありますよ。オウランさんやシーナさんにだってあります。彼等は皆、親衛隊の所属ですからね。まあ、色々と。本来はこれ、私の仕事じゃないんですが、参謀室付きの人達が皆、出払っちゃってますから────って、噂をすれば」
あー、忙しい、忙しい、と。
顔にも背中にも、そう書いてあるんじゃないかと思える勢いで喋り続けるフリードに、ビクトールとフリックが付き合って暫し。
アップルやクラウスの部屋がある並びに差し掛かった処で丁度、階段を昇って来たリィナ、アイリ、ボルガンの三人と、彼等は行き会う。
「ん? 何だい? フリードさん。噂って」
「いえ、大した話じゃ。皆さん方にも私は用事があるって云うのを、後ろのお二人に話してたんです」
階段から、ひょいっと顔を出したアイリに、あ、と云う顔をフリードがしたから、ふん? とアイリ達は首を傾げ。
「あのですね、もう間もなく始まると思しき、ルルノイエ攻めに関する話が……──」
今度はフリードは、歩みを止めぬまま、アイリ達三人へ向けてその口を開いた。
────と。
「…………ん? あれ? …………えっっ?」
軍師達の部屋の並びを抜けて、真直ぐ行けば兵舎へ続く渡り廊下へ、左へ折れれば議場へ、と分かれる廊下の角に差し掛かった瞬間、フリードは動きを止め、見掛けた方角を凝視した。
「ど、どうかなさったんですかっ!?」
一点を注視し、動きを止め……が直後、慌てふためいた声を彼は放つ。
「あん? どうした、フリー……──。──カナタっ。セツナ、どうしたっ」
「おい、誰かホウアン呼んで来いっっ!」
様子がおかしくなったフリードの見詰めた方向を、ビクトールも又見遣り。
ぐったりとしているセツナを抱き抱えたカナタが、そこに居ると知って、彼も又声を荒げ。
セツナの顔色を一瞥したフリックは、ホウアン医師を、と叫んだ。
「ボルガン、行って来るっっ」
「私も、行くわ」
フリックの怒鳴り声に答えて、ボルガンとリィナが廊下を走り出し。
「セツナっ! 大丈夫なのかい、セツナっ!」
アイリは、三人の男達と共に、セツナの傍らに駆け寄る。
「誰か、エレベーターを呼んでくれ」
だが、人々に駆け寄られたカナタは。
無表情を崩さず、セツナを抱き抱えたまま歩き出し。
命令を下す時のような声音で、一様に、心配そうな表情を湛えた人々の間を抜けた。