「お疲れが、抜け切っていないのでしょうね。…………色々……ありましたから」

ボルガンとリィナに引き立てられて、セツナの元へと駆け付けたホウアンは。

診察を終えて一言、そう呟いた。

「疲労……なのか?」

「本当に? だってセツナ……こんなに顔色…………」

医師の診断に、フリックとアイリが、何処か食って掛かりそうな風情の、念押しをしたが。

「それ以外の症状を、見付けることは出来ません。…………少なくとも、私には」

溜息混じりに、医師はそう云い、ちら……っと、セツナを見遣ったまま沈黙を保ち続けるカナタの横顔を眺めた。

……あれ程、セツナのことを溺愛して止まないこの青年が、何も云わずに、唯セツナに寄り添っていることが、医師には少々不可解で、もしかしたら彼は、己には知り得ぬ何かを知ってる故に、唯黙って、盟主の傍にいるのかも知れない、そう思えて。

物言いた気な眼差しを、ホウアンはカナタに送ってみたけれど、その眼差しは、湛える『色』の深さすら窺えぬ、『気配』のない漆黒の瞳に、あっさりと跳ね返された為。

「兎に角、薬湯でも持って来ましょう。──ああ、盟主殿なら大丈夫ですよ。お疲れが抜ければ、きっと」

誰にも聞こえぬ溜息をこっそりと零して、ホウアンは、医務室へと下りて行った。

「セツナ……大丈夫なのかな」

医師が、立ち去ってしまったのを受け、遠巻きに、ベッドに横たわる盟主を眺めていた仲間達は、恐る恐る、その枕元へ近付く。

「大丈夫よ、アイリ。ホウアン先生も、そう仰ってたでしょう?」

「うん……。でもやっぱり、心配で……」

「セツナは、大丈夫。セツナは、平気」

そうっと、セツナの枕辺に寄ったアイリが、ぽつり、低い声を洩らせば、リィナとボルガンが、彼女を慰めた。

「良かったですよ……。病気とか、お怪我とかじゃなくって」

「そうだな……。ホウアンが、大丈夫だって云ったんだしな……」

少年の枕辺は、旅芸人一座の三人に譲って、ベッドの足許の方に近付いたフリードとフリックは、小声で、そんなことを言い合い。

「疲労、か…………」

アイリ達と入れ代わるように、セツナの傍から身を引いて、ベッドの直ぐ近くの窓辺に凭れて立つカナタへ、ビクトールは、口にした言葉とは違う、別の想いを浮かべた視線を投げ掛けた。

ちろり、と流されたビクトールの視線を受け取って、カナタは小さく、頷きを返す。

腕組みしたまま動こうともしないカナタの無言の応えに、ビクトールも又、二、三度、軽く頭を振ってみせた。

「少し眠れば、きっと目も覚めるだろ。そっとしといてやるといいさ」

そうしてビクトールは一転、纏っていた厳しい雰囲気を変えて、少し静かにセツナを見守っててみよう、そう、仲間達に告げた。

その部屋より、立ち去り難く。

時折、低い声の会話を交わしながら、数刻、思い思いに人々が、時をやり過ごした頃。

……もう窓辺より、セツナの部屋へと射し込む色が、光でなく、闇に変わってしまった時刻。

昏々と眠り続けていたセツナが、うっすらと、瞼を開いた。

「……あれ……? えっと……?」

──何故、己がここでこうしているのか、咄嗟に、理解出来なかったのだろう。

不思議そうな顔をして、彼は横たわったまま、視線のみを彷徨わせた。

「気が付かれましたか?」

「あんまり脅かすなよ、俺達のこと」

「そうだぞ。お前が倒れたらしいの見掛けて、フリードなんざ、大騒ぎしたんだからな」

「……セツナ。あんた、疲れ過ぎて倒れちまったんだよ。覚えてないかい……? 無理ばっかりするから……」

「少し、ゆっくり休んだ方がいいわ。ね?」

「セツナ! 気が付いて良かったっっ」

…………くるり、と、一通り室内を見渡したセツナの気配と呟きに気付き、セツナのことを看ていた仲間達は、その傍らへと寄って、口々に、思い思いの言葉を掛けた。

「……あ。もしかして、僕……。────あー…………御免……なさい、心配掛けちゃった…………」

仲間達が、それぞれに告げて来る台詞を聞き終え、やっと、己は倒れたのだとの自覚を得て、申し訳無さそうな一言を零し、セツナは瞳を伏せた。

「…………セツナ。……平気?」

何処となく辛そうに、セツナが瞼を伏せたその時、人々の間を縫って、それまでずっと、窓辺に佇んでいたカナタが枕辺へと近寄り、するり、と両の手袋を外して、寝乱れた、セツナの髪を撫でた。

露にされた、魂喰らいの宿る手の、その長い指先で、慈しむ風にセツナの髪を掻き上げる、カナタの仕種を目にし。

軽く、胸許を押さえてアイリが、二人より、視線を逸らせた。

「平気……です……」

髪を撫でながら、身を屈め、顔を覗き込んで来たカナタに、セツナは、薄い微笑みを向けた。

「そう。……でも、もう少し、お休み」

今の彼に浮かべられる、精一杯の笑みだったろうそれへ、カナタも、軽い笑みを返し。

二人の、そのやり取りを切っ掛けに生まれた雰囲気の所為で、お大事に、とか、ちゃんと休めよ、とか、仲間達は言い残して、立ち去る道を選ぶ。

「皆、御免ね……? 又、明日にね…………」

扉へと歩き出した人々の背へ、セツナがそう云い。

彼等へは、何も告げなかったカナタは、六人分の気配が消えるのを待って。

「意地っ張り」

ボソリ、セツナへと呟きをぶつけると、横たわっていた小柄な体を抱き上げ、己が胸へと寄り添わせた。