議場前にて、倒れ行くセツナの体を掬い上げた時にも、感じたけれど。

こうしている今。

改めて、感じる。

──初めて、倒れたセツナを抱き上げたのは、己が生家の台所で、あれは、この少年と出逢って程ない頃の出来事だった。

あれから、数ヶ月の時が経って。

幾度となく己は、この小柄な体を抱き上げたけれど。

抱き上げる度に。時が、過ぎる度に。

両腕に抱えた体は、少しずつ、少しずつ、軽さを増して。

今となってはもう、この小柄な体は、彼と同じ年頃の少女よりも、恐らくは軽い筈。

命の灯火、と例えられるだろう何かが、不完全な紋章によって、セツナの中より削られて行く、その証明のように。

彼の体は。

けれど己には、それを留める術を持てず。

唯、こうして………………────と。

寄り添わせ、包み込んだセツナの体の感触に、そんなことを思いながらカナタは、瞬きもせず、少年の髪を梳いていた。

「……ヤな夢……見たんです…………」

右手で髪を梳き、肩に廻した左手で、トントン、と二の腕辺りを叩いてやれば、縋るように寄り添いを深め、セツナが顔を歪めた。

「大丈夫。……もう……見ないから」

何処か泣きそうに、何処か苦しそうに、顔を歪めるしか出来ないセツナの耳元で。

カナタは囁いてやる。

「本当に……?」

すればセツナは、それが、この場限りの偽りなのか否か、確かめるような目をし。

「本当に。僕が傍に、いるから。もう、大丈夫。嫌な夢なんて、見ることはないよ。──それよりも、セツナ。何処か痛い? 未だ、眩暈する?」

僕が君に、嘘を吐いたことがある? ……とカナタは、半ば笑いながら、半ば真摯に、セツナへと語って、矢継ぎ早に、問いを投げ掛け始めた。

「……あ、本当に、平気ですよ。嘘じゃないです。……もう、何処も痛くなんてないですし……。────それにね、マクドールさん」

「ん?」

「不思議なんですけどね。マクドールさんにこうして貰ってると、それだけで、凄く楽になるんです。だからもう、だいじょぶです」

「そう? なら、いいけど……。だけど、もう少し休んだ方がいいよ、セツナ。シュウに、行くって答えたんだろう? …………ルルノイエに」

「……はい」

「じゃあ、傍に居てあげるから、もう一度。ね?」

「でも、もう眠くないんです……」

ヤな『夢』のことよりも。

君の体はどうなの? と、カナタが問うから、もう平気ですっ、とセツナは力を込めて主張し。

でも……とカナタはセツナを嗜め。

「んー…………。眠れない、か。……あ、じゃあ、酒場に行って、レモネード貰って来てあげるよ。セツナ、好きだろう? レオナの作る、あれ」

そうだ……と彼は、レモネード飲んで寝よう? と、再び。

「……僕、一緒に行きます。一寸、違う風に当たりたいんです。……駄目ですか……?」

が、それでもセツナが食い下がったので。

「仕方ないねえ……。なら、一緒においで」

ふ……と苦笑を浮かべてカナタは、セツナの我が儘に折れた。

寝静まり始めた古城の階段を、トコトコ、揃って下り始めて直ぐ。

二人は、何か思い詰めたような表情をして、シュウの部屋へ入って行く、アップルを見掛けた。

「あ……」

──シッ」

女軍師の後ろ姿に気付いて、小さな声をセツナは上げ、カナタはセツナの唇に、指を立てる。

「どうしたんでしょうね、アップルさん」

「さてね……」

アップルに気付かれぬよう、階段の影に身を潜め、彼女が入室し切るのを待ち。

小声で、こそこそと語り合いながら二人は、シュウの部屋の前へ『張り付き』、聞き耳を立てた。

気配を殺して中の様子を窺えば、深刻そうと云うか、神妙と云うか、そんな声の調子で、アップルとシュウは話し出し。

やがて。

『兄弟子』が、『妹弟子』へ、カードを捲って欲しい、と言い出す声が聞こえた。

続いて聞こえて来たのは。

そこに、何と書かれているかと問うた、男の声と。

火、と書かれていると答えた、女の声。

「火の……カード…………?」

「…………何を考えているんだか、あの軍師…………。いっそ、殴ってやろうか……」

──聞き付けた会話に。

ふん? とセツナは首を傾げ、何やらを察したらしいカナタは、ムッとしたような顔を作る。

「何のことだか、判ります?」

「まあね。薄々はね。…………後で、説明してあげる」

「期待してます」

「楽しみにしてて。多分、セツナも怒るから。────……っと。アップルが出て来る」

そしてそのままブツブツと、二人は又、言葉を交わし。

アップルが、シュウの部屋を辞する気配を察知して、再び、階段の影に隠れ。

彼女が出て行くのをやり過ごし、それより程なく、何処へと向かうらしいシュウが、自室を出て行くのもやり過ごし。

「…………セツナ」

考え込んでいる風に、二、三度、煉瓦の壁を指先で弾いた後、カナタは。

「はい?」

「そうだね……。二十分……。──うん、二十分って処かな。レオナの所に行くの、それだけ待ってくれる?」

あれがああでこうだから……と、口の中でのみ何やらを計算して、酒場に行くのを、少し遅らせよう、と言い出した。

「……それは別に、構いませんけど……。又、どうしてです?」

「さっきのカードの話と、関係のあるお話。でもね、僕が考えたことが正しいかどうか、未だ確かめられないから。それを確かめたら、セツナには教えてあげるよ」

「はーーーーい。じゃ、少しその辺でも、ブラブラしましょっか」

──先程、もう自分は大丈夫だ、とカナタに告げた己の言葉に嘘はない、とでも云う風に。

相手の提案を鵜呑みにし、ならその辺りを散歩でも、と、セツナは元気に歩き出した。