カナタが云ったように。
それよりきっかり二十分後、二人はレオナの酒場に、ひょいっと顔を出した。
「おー? 起き出して来ていいのか? セツナ」
「うんっ」
「あんまりふらふらしてるなよ? ぶっ倒れたんだから、大人しく寝てろ」
「そうなんだけどね。眠れなくって……。レオナさんに、レモネード貰いに来たんだ」
とてとて、夜が更け始めた時間帯、酒場に顔を出したセツナを見付けて、入口に最も近いテーブル席に座っていたビクトールとフリックが、そんな声を掛け。
掛けられた言葉に、セツナは元気よく答えた。
その隙にカナタは、カウンターの中にいる、レオナの前へと立ち。
「申し訳ないけど、セツナに、レモネード作ってあげてくれる?」
酒場の女主人へと、レモネードを注文しながら。
『お酒入れて。そんなに多くなくていいから』
……と、唇を動かした。
「レモネードかい? なら、一寸待っといで」
午後、セツナが倒れたと云う話を、聞き及んでいたのだろう。
声にはされず告げられた、カナタの意図を汲んで、レオナは頷いた。
「はい、セツナ。彼女から。……暖かい内にそれ飲んで。そうしたら、寝ようね?」
程なくして出て来た、本当に『特製』レモネードを彼女より受け取り、ビクトールとフリックとの、他愛無い話に花を咲かせていたセツナへ、カナタはグラスを差し出す。
「あ、有り難うございます、マクドールさん。頂きまーす」
両手で掴めば、ほっこりと暖かさが感じられるグラスを受け取って、コクコクと、セツナは一息にそれを飲み干した。
「……二人は、飲み始めたばかり?」
元々、腐れ縁傭兵コンビが陣取っていたテーブルの、セツナの隣に腰掛けて、卓上の酒の減りを見遣り、ふーん……とカナタは男達を見比べる。
「ああ、まあな」
「何やってたんだか知らないが、こいつが来るの、遅くってな。何処で油を売ってやがったんだか、この熊は」
「熊って言うんじゃねえつってんだろーがっ。これでもな、俺だって忙しいんだよっっ」
随分、『呑み』の始まりが遅くないかい? と言いたげなカナタへ、ビクトールは曖昧な返答をし、フリックは、ムスっと文句を零した。
「ビクトールも、落ち着きがないからねえ」
「落ち着きがないなんて、言い方すんな、カナタ。そこら辺に転がってる、ガキじゃねえんだよ、俺は。せめて、俊敏とか、機動性があるとか、そーゆー風に言えねえか?」
「僕に、嘘を言えと?」
「………………。お前に、柔らかい物言いを期待した俺が馬鹿だったよ…………」
何時もの調子でやり合い出した二人へ、これ又、何時もの調子でカナタは、からかいを始める。
「そうかい? 思いやりと親しみに溢れる言葉だと思うけど」
「何処が?」
「全部」
「……スゲえ認識だな…………」
──言い合いと云うよりは、じゃれ合いだろう、多分。
カナタとビクトールの二人は、延々、戯れを続けていたが。
やがて二人の応酬に、『油が乗って来た』頃、テーブルの上に両肘を付いて、楽しそうにそれを観戦していたセツナの体が、ずるりと滑り。
そちらを見もせず、カナタは腕を伸ばして、セツナを抱き留めた。
「……セツナ、どうした? 又、具合でも悪いのか?」
「いいや。お酒飲ませたから」
椅子から転げ落ちそうになったセツナの様に、ビクトールが、さっと顔色を変える。
しかしカナタは、さらりと言って退け。
「まさか……さっきのレモネード?」
フリックは、呆れ顔になって。
「そう。眠れないって、駄々捏ねてたからね。一寸、強引に」
ふわり、カナタはセツナを抱えて立ち上がった。
「代わるか?」
「いい。────それよりも。二人共、一緒に」
少年を抱えるカナタへ、ビクトールが、代わろうか? と言い出したが、彼はそれを退け。
その代わりに、付いて来い、と『命令口調』で。
「……ああ」
「判った」
──三年前のあの頃を、背筋に思い起こさせるような、厳しいカナタの声音を受けて。
ビクトールとフリックは、有無を言わず、それに従った。
最上階の、セツナの部屋へ戻り、寝支度を整えてやったこの部屋の主を、ベッドに横たえ。
部屋の、ほぼ中央にある大きめなテーブルへと、カナタは寄った。
「俺達に、何か話でも?」
手振りで示されるまま、テーブルと揃いの椅子に腰掛け、フリックは、神妙な顔をする。
「まあ……何となく、判らなくはねえがな……」
ドカリと、相方の隣にやはり座って、背凭れに肘付き、ビクトールは立ち続けるカナタを見上げた。
「二人に、訊きたいことがある」
己へと注がれた、二対の視線を受け止め、カナタは切り出す。
「訊きたいこと?」
「ああ」
そうして、彼は。
部屋の片隅の、箪笥脇に置かれている、革袋──遠征や、遠出をする時、何時もセツナが携える荷物の中より、丁寧に折り畳まれた、一枚の紙を取り出した。