「そこまでしなくても、良いと思うがなあ、俺は」

──訊きたいことは、これでお終い。

……そう云わんばかりに微笑んだカナタへ、初めて、ビクトールが異議を唱えた。

「そう云う訳にはいかない。……共に、ゆこうねと、セツナと交わした約束もあるし。あの状態のセツナを……って云うのは、心配だしね。……決して、この城の人達のことを、信じていない訳じゃないけれど、僕がしていることは、僕の希望であって、僕の義務だから。……それに。僕に勝てる者、この城に居るかい?」

「そりゃ、そうだが…………」

「……判ってよ。ビクトール。……眠ってしまったあの子の体を、抱き上げてみるといい。何時の間にかね、あの子の体は……女の子よりも、軽くなってた。──恐らくは、明日より始まる行軍が、最後の戦になるなら。僕はあの子の傍に、いなければいけない。……僕はあの子を慈しんで来たのだから。それも、最後まで」

何処となく、不服そうな声を絞ったビクトールを、カナタはそうやって、説き伏せる。

「女よりも、軽く…………か。……セツナの奴、そんなに…………?」

────それが。『人々』が……否、『何か』が。あの子の肩に乗せた重さなんだよ。……自惚れで言ってるんじゃない。あの子の『それ』を、少しでも軽く出来るのは、今の処、僕だけだ。だから僕は、あの子の傍に寄り添い続ける。これからも。……あんなに疲れてるセツナに、『何処ぞの馬鹿な軍師殿』の所為で、心労掛けたくはないし」

「……カナタ。お前、何を知ってる? さっき、俺達の軍と、レオンの軍がぶつかるだろう場所に、先回りするって云ってたよな。シュウの奴が取ろうとしてる『策』のことも、お見通しって奴か?」

説得の最後、茶化すように、『何処ぞの馬鹿な軍師殿』と云ったカナタへ、ビクトールが不審気な表情を向けた。

「ああ……。そう云うことになる、か……。シュウが、レオンとどうやって渡り合おうとしてるのか、俺は知らないが……。カナタ、お前は知ってるのか?」

相方の、何処となく憤ったような物言いに、あ……とフリックも、カナタを振り仰いだ。

「まあね。一寸した偶然と、簡単な推測に基づいて、って奴。──どう足掻いてみても、『普通』に策を立ててはレオンに勝てないと、シュウは知っている筈だからね。レオンはシュウの、『お師様』なのだし。禄でもない手を打つかもってくらいは、最初から想像してた。……もうねえ……何処かの誰かが馬鹿なお陰で、セツナ泣かせない為にやらなきゃならないことが、増えて増えて。────…………宜しく、二人共」

ビクトールやフリックが、何を言ってみても、何を問い掛けてみても。

何時も通りのノリへと崩した、己の雰囲気は変えず。

楽しむような口振りで、カナタは再びにこりと笑い。

宜しく、と念押しされたってことは、何処で何が遭ってもいいように……何時でも、カナタの奴がセツナの傍にいられるような手配を、整えておけ、ってことだよなあ……。でなきゃこいつが俺達に、ここまでの考え、白状したりしないし……と。

カナタの綺麗な笑みを眺めながら、げんなりと、傭兵達は項垂れた。

「へいへい。仰せには従いましょう」

「相変わらず、厄介事を持ち込んでくるな、お前は…………」

「二人にだから、厄介事も持ち込むんだけどね。甘えられてると思ってくれないかい? 光栄だろう?」

「お前が、俺達に甘えるような柄か」

「何処が光栄なんだよ……」

項垂れてみても、もうどうしようもないから。

大人しく、意に沿うことを約束した二人へ、軽く、カナタが片目を瞑ってみせれば、ビクトールとフリックの、呆れと落胆は深まり。

「僕は、事実を告げてるだけなんだけど。……ま、いいか。取り敢えず、僕は眠るから。後、任せた」

もう一度だけ、全体に視線を巡らせた後、水滸図を畳んで仕舞って、さっさとカナタは、セツナの眠る、ベッドへと踵を返した。

「任せた……って、おい。どう考えても、行軍の号令が掛かるのは、明日の朝だぞ?」

「俺達に、寝るな、と言ってるのか? お前は」

セツナの枕辺に立ち、背を向けたまま、ちゃっちゃと寝支度を整え、毛布の中に潜り込んだカナタへ、ぶうぶうと、ビクトールとフリックは、文句を垂れたけれど。

カナタからは、お休み、の一言も掛からず。

「おい、カナタっっ」

ツカツカ、足音を立ててビクトールは、枕元に寄った。

……が、フリックからは、眠っているように繕ったカナタが、目線と口許だけをそっと動かして、セツナのことは、心配しなくてもいい、火計、なんてことを仕出かそうとしてる、シュウの援護は任せるから。それも、手は打つけど……と、こっそり、告げて来たので。

「…………駄目だ、フリック。こいつ、もう寝ちまってる」

呆れ返った振りだけをして傭兵は、行こうぜ、と相方を促した。

「滅茶苦茶良い、寝付きだな」

「カナタの奴も、疲れてんだろ」

「…………そうかも、な」

律儀に、脇へと退けた花瓶や置き物を、卓上の、元の位置へと戻し、ビクトールに促されるまま退室しながら、ぽつりぽつり、フリックは言った。

「セツナと二人、平穏に眠れる最後の夜かも知れねえんだ、放っておいてやろうぜ。文句は、後で言えばいい。じゃあな。ゆっくり休め」

そんな相棒に、もっともらしいことを語って聞かせ、就寝の挨拶を投げてから、ビクトールは、その部屋の扉を閉めた。

「………………お休み」

扉が閉ざされた直後、カナタが低く、そう囁いたことを知らず。

二人組の傭兵は、城の、最上階を去った。