「うーーん。絶対に何とかするから、ってレオナさんには約束しちゃいましたけど。どうしましょうねえ、マクドールさん」

「そうだねえ……。若干、その場凌ぎの安請け合いしちゃった気がしなくもないけど、取り敢えずは、付け馬屋の真似事でもしに行ってみようか」

「付け馬屋、って何ですか?」

「ん? お金の掛かる遊びに耽ったくせに、その代金を払わないお馬鹿さんの家まで押し掛けて、代金をふんだくる仕事をしてる人達のこと」

「……成程。じゃあ、その付け馬屋さん作戦、しましょっか」

一頁一頁、勘定書きを繰りながら兵舎目指して歩きつつ、馬鹿達一同の付け代金の総額を知ったカナタとセツナは、「うわぁ……」と、渋い顔で僅か思案して、先ずは順当に、付け馬屋大作戦を展開してみよう、と相談し合った。

「はーーーい! 皆、集まってーーー!」

そうして辿り着いた、窓から差し込む黄昏色に染まり始めた兵舎一階の娯楽室にて、その一角で寛いでいた、生活の知恵から近隣諸国の醜聞まで、知らないことはないかも知れない、と噂の老女タキに、何事? と驚かれつつ、同じ場所で、出張探偵事務所を開いている私立探偵のリッチモンドには、嫌そー……な顔されつつ。

この時間帯なら、部屋でのんびりしてる人が多い筈、とセツナは、兵舎と隣接している訓練所からかっぱらってきた鉄の盾を、ガンガンガンガン、盛大に己が武器のトンファーでぶん殴って、傍迷惑な招集を掛けた。

「何だ? 何か遭ったのか?」

「うるせーな、何なんだよ」

余りにも耳障りな大音響に、わらわらわらわら、毎度お騒がせな現と元の天魁星コンビの思惑通り、馬鹿共は集まってくる。

「あー……、お前等か」

「どうした、珍しいじゃねえか、そんなやり方」

その、何事だろう? と集ってきた馬鹿共の中に混ざっていた、傭兵コンビのフリックとビクトールが、馬鹿共一同の物言いたげな眼差しを背負い、二人に訳を問い質した。

「ビクトールさんに、フリックさん。他の皆も。…………さて、これは何でしょう?」

問うてきた二人、無言のまま見詰めてくる者達、そんな一同へ、ぴらん、とセツナは、酒場の勘定書きを広げ掲げる。

「さあ? ……何だか判るか? フリック」

「……さて。あ、でも、レオナの筆跡みたいだってのは判るな」

ずいっと差し出されたそれを矯めつ眇めつ眺めても、ビクトールとフリックは、帳簿の正体に思い至れなかったらしく。

「あのねえ、二人共……」

ピクリ、頬を引き攣らせ、カナタは、ガンっ! と、手にしていた棍で壁を打ち据えた。

「……マクドールさん、ムカつく気持ちは判りますけど、出来れば物に八つ当たるのは止めて下さい。壁に穴空いちゃいます」

「あ、御免ね、セツナ。でも、手加減はしてるよ? ────フリックは兎も角、ビクトール。これ見せられても判らない? ここに書かれてる自分の名前と金額に心当たりもない? ……心当たりなかったとしても、素直に頷いたら、本気でぶん殴るよ? …………あのね。これは、レオナの酒場の帳簿。あそこで、誰がどれだけ付けを溜めてしまっているかの、詳細が綴られた勘定書き」

「………………だから?」

「……だから、じゃなくて。さっき、レオナが、セツナとシュウの所にねじ込んで来たんだよ。皆が溜めた付けの代金、耳揃えて払わない限り、酒場を閉める、城も出る、ってね。……本当に、そんなことになったら、セツナが困るし、泣くから。この勘定書きに名前が載っている者は全て、直ちに、全額、酒場の付けを支払うように」

衝撃を受け止め、ビシッと放射状に罅を入らせつつ、ガラ……と崩れた煉瓦の壁に、修繕費……、と呟いたセツナを宥め賺しながら、カナタは一同に宣言したが。

「あ、何だ。レオナの所の付けか。ええと、確か…………」

常識の範疇に留まる金額を、常識の範疇に留まる期間、チョロリと溜めてしまっただけのフリックが、大人しく、懐から財布を取り出そうとするのを尻目に、

「え、今直ぐに!?」

「それは無理ってもんだぜ」

「えーーー……。給金の前借りなんて、出来る訳ないよなあ……」

「…………カナタ。セツナ。無い袖は振れない」

残りの一同からは悲鳴と抗議の声が上がり、ビクトールに至っては、ポン、と少年達の肩を叩いて、己のだらしなさを棚に上げ、諭すように言ってきたので。

「駄目! でないと、レオナさんが又怒っちゃうから駄目!」

「…………仕方ないね。なら、無い袖でも振って貰う」

セツナは、抗議も悲鳴も退け、カナタは、実力行使あるのみ、と棍を握り直し。

「てめぇら、ケツ捲れ!」

身包み剥がされて堪るかと、ビクトールの掛け声に合わせ、馬鹿共は蜘蛛の子を散らす風に逃走した。

少数名が相手なら、例え誰であろうと、逃走阻止もその後の捕獲も、カナタとセツナには朝飯前だが、酒場の付けを溜めてしまった馬鹿共の数が余りにも多かった所為で、残念ながら二人は、馬鹿共の逃走を許してしまい、付き馬屋大作戦は、失敗に終わった。

「どうしましょう、マクドールさん……」

「さて、ねえ……。どうするべきかな。時間を掛けていいなら、各個撃破して、血だろうが肉だろうが搾り取ってやるんだけど。それだと、レオナが痺れ切らすだろうし」

「ですねえ……。……シュウさん、何か、良い知恵ない?」

「この手のことは、貴方、専門家だろう?」

そう簡単に取り立てが成功するとは思っていなかったが、流石に悔しい、とブチブチ言いながら、帳簿を握り締めて本拠地本棟に戻った二人は、そのままシュウの部屋へと雪崩込み、一代で財を築いた、元・腕利き交易商から、知恵を引き摺り出そうとしていた。

「お二人共。本当に、お願いですから、いい加減にして頂けませんか。私には、そのようなことに関わっている暇はありません」

必要な時には逃げるくせに、何故、こういう時だけ迷惑省みずにやって来るんだ、と怒鳴りたいのをグッと堪え、シュウは声を絞る。

「何言っちゃってるの、シュウさん! 大事なことなんだよ! レオナさんいなくなっちゃったらどうするのっっ」

「この城から酒場が消えようが、飲兵衛な馬鹿共が困り果てようが、僕はどうでもいいんだけど。セツナが泣くのは僕の本意じゃないって、判ってるよね?」

正軍師殿の弁は、真実で正論ではあるのだが、シュウさんのイケズ! とセツナはバンバン机を叩いて抗議し、カナタは、「セツナを泣かせたら、どうなると思う?」と、目だけは判っていない笑みを彼へと注ぎ。

「…………付けを完済させるだけの金銭を、彼等が持ち合わせていないと言うなら、労働をさせるしかないでしょうな」

はあ……、と溜息を零して、シュウは嫌々、話し合いに参加した。

「あ、うん。僕も、それはそう思うよ。働かなきゃお金は貰えないし、でも皆、お金足りてないんだろうし。……となるとー、魔物狩りとかして、かなあ」

「馬鹿共が、総勢で何名になるとお思いですか。その全員で、魔物狩りになど行かせる訳には参りません。宿星達は兎も角、一般兵までに個人的な労働の許可など出来ませんし、第一、そんなことをされましたら、あれ等から採れる原材料の卸値相場が崩れますので、お止め下さい。軍の収益計画が狂いますから」

「えーー……。じゃあ、交──

──交易も同様です。軍費の一部は、交易で賄っておりますので。余計なことは困ります」

「………………。賭場……は、シロウさんが泣くしー。だからって、皆のお給金、上げるだけのお金はないし……。うーん……」

不承不承の正軍師殿を引き摺り込み、簡単に思い付く、手っ取り早い金稼ぎの方法をセツナは挙げ始めたが、尽くシュウの却下を喰らい、悩みつつも彼は、ぷっ……と頬を膨らませた。