「あ、判った! じゃあ、グスタフさんに頼んで、皆を、ティントの坑道で働かせて貰う!」

「グスタフ殿を怒らせて、締結したばかりのティント市との同盟を、ぶち壊すおつもりですか?」

「……じゃあー。レパント大統領に頼んで、トランの復興事業に、皆を職人さん扱いで雇って貰う!」

「トラン共和国の財政を引っ掻き回したくはありませんでしょう、盟主殿とて。トランの財政が逼迫し、やはりマクドール殿を大統領に、とレパント殿が再び言い出されたら、どうされるんですか」

「…………えっと、えっと……、じゃあ、うんと……、ハイランド皇室の、隠し財宝とか探して──

──盟主殿。その辺でお止めになられませんと、私でも殴りますよ? 近隣諸国に、同盟軍の恥を晒すような考えは改めて下さい」

「ううううう……。僕だって、真面目に考えてるのにぃっ。マクドールさん、シュウさんが虐めますぅぅぅ!」

ぷう、っと盛大に拗ねてよりも、セツナは、ああでもない、こうでもない、と彼的には『素敵で素晴らしい案!』と思えた稼ぎ方法を次々提案したが、その全てが碌でもなさ過ぎた為に、やはりシュウに却下され、ベソっと彼はカナタに泣き付き、

「あー、泣かないの。僕も考えてるから」

流石に、今の案はどうかと思うよ……、と内心では思いつつ、カナタはセツナを慰めた。

「……マクドール殿」

「まあまあ。シュウ、セツナが真剣なの『だけ』は判るだろう、貴方にだって」

「だから、余計に悪いんです」

「……確かに。けど、正規の資金調達も、非正規の資金調達も、両方駄目となると……。強引な計算方法だけど、同盟軍に籍を持つ者達全員の付け代金は、一人頭、平均すると六千ポッチ前後だったから、総額で、大体十八万ポッチだろう? ……資本力あるね、レオナの酒場。……って、ああ、感心してる場合じゃなかった。十八万、か。十八万ねえ…………」

腕の中で、このままだとレオナさんがーー! と喚くワンコなセツナを宥めつつ、馬鹿共に調達させなくてはならない金額の大きさに、流石にカナタも頭を痛める。

本当に、レオナが出て行くなど有り得ないと判ってはいるが、金額が金額だ、一日でも早くこの問題を解決しなくては、嘘が誠になりかねない、と。

「……全く、あの馬鹿共は…………」

何処までも、こんな、馬鹿馬鹿しい問題に関わりたくない、という本音は揺らがぬが、シュウとてセツナを泣かせるのは本意ではないから、はあ……、と彼も又、悩ましげに息を吐き。

「それに。ビクトール達は、酒のことになると懲りないからね。例え、今回は何とかなったとしても、又、その内に付けを溜めるだろうし。本気で切羽詰まれば、多少は学習する……────。……あ、そうだ」

所詮はイタチごっこだ、とカナタは憂いを浮かべて……けれど。

ああ、と何かを思い付いたように、一転、顔を明るくし、

「マクドール殿?」

「マクドールさん?」

「……セツナ。シュウも。一寸、耳貸して」

そうだ、この手がいい、と爽やかに笑んだカナタに、シュウとセツナは訝しんだが、ちょいちょい、と彼は二人を手招き、誰にも聞かれては困ると、そっと、耳打ちをした。

さて、そんな騒ぎの起きた日より、七日の間。

レオナの酒場は、盟主であるセツナの命により『閉鎖』された。

ご丁寧に、二つある入口の両方に、セツナ自ら分厚い板をガンガン打ち付けて、それはもう、きっちりと。

無論、本当にレオナが店を畳んでしまった訳ではない。

普段の折り合いは誠に宜しくないが、セツナの為に、という御旗の下では結託出来るカナタとシュウが、手を組んだ結果の処置だった。

耳揃えて付けを払え! と、カナタやセツナは固より、レオナさえもが喚き立てなくなった代わりに七日も酒場を閉められ、一日の終りの一杯を何よりも楽しみにしている一同からは不満が噴出したが、勿論、事の首謀者達は何処吹く風で。

────その前を通り過ぎる度、恨みがましげに、入り口に打ち付けられた、朱色でデカデカと『閉鎖中!』と書き殴られた板を睨んでいた者達が、待ちに待った、酒場の閉鎖解除日。

首謀者達の予測通り、レオナの酒場には、毎度の面子が押し掛けた。

言うまでもなく、馬鹿共達は、以前の付けなど払ってはいないが、何時も通り、何とかなるさ! と思う存分酒を注文し、けれどレオナは、何故か苦情一つも言わなかった。

故に、己の財布の中身も振り返らずに酒を求める一同は、誠に気分良く、七日振りの酒盛りに興じていたが。

「皆ーー。ちゅうもーーーーーく!!」

盛り上がる一方の雰囲気をぶち壊す風に、どうしてか、シュウをも従え、カナタと共に酒場に乗り込んできたセツナが、パンパン、と両手を打ち鳴らし、居合わせた者達の意識を引いた。

「あ? 何だ、セツナ?」

「ここんとこ閉まってた酒場が、お前達も恋しくなったか?」

滑らかに与太話を吐いていた口を噤み、グラスや盃を持ち上げていた腕を止め、一斉に、飲兵衛達はセツナを注視し、けれど、大した事ではないだろうと、案の定居合わせた、フリックとビクトールが彼に声を掛けた。

「ううん。そうじゃなくってね。何で、レオナさんに頼み込んで、酒場閉めさせて貰ったかの理由と、お知らせと、新しく作った、軍の決まりを発表します」

「へ? 知らせと決まり……?」

「うん。……じゃ、シュウさん、マクドールさん、宜しくです!」

セツナは酒精が駄目だと知っているが、それでもいいからこっちに来て混ざれ、と言いたげな二人を制し、セツナは、ほわっと笑むと、続きを、シュウとカナタの二人に託す。

「先ず、苦情が多かった、先日から昨日までの、酒場の閉鎖に関してだが」

ス、と一歩下がって、にこにこーーっと笑み続けるセツナに代わり、シュウが一歩進んだ。

「おう。何でだ?」

「私の個人的な資産を現金化するのに、それだけ時間が掛かったからだ。……お前達全員の、この酒場での付けの総額は、約十八万ポッチだ。現金だけが資産ではないのでな、手間が要った」

「…………ん? ということは…………?」

「お前達の付けを、立て替えた、ということだ。盟主殿の意向で」

「ああ! 成程! セツナ、シュウも! 二人共、本当に話の判る奴だな!」

「悪いな、シュウ! セツナ!」

「盟主様、軍師殿、有り難うございます!」

コクリと生唾飲み込む人々を見回して、抑揚なくシュウが打ち明ければ、ヒャッホゥ! と至る所より歓声は上がる。

「この件には、マクドール殿も協力して下さった。私とマクドール殿とで、五割ずつ負担している」

「ま、正しくは、僕自身の財布からじゃなくて、家の資産から、だけどね」

けれど、本当に馬鹿だな……、という目になったシュウは、再び淡々と話を続け、そこにカナタの声が被さり、

「カナタ……! お前って奴は…………!」

主にトラン解放戦争経験者達より、感動に打ち震える声が洩れたが。

「皆、何か勘違いしてるね」

にっっっっっ……こり、それはそれは綺麗で凶悪な笑みを浮かべ、カツリ、と棍の先で石床を叩きながら、カナタは、馬鹿共の歓喜に楔を打ち込んだ。