城の正門を飛び出し、城の建つ、なだらかな丘を下り。
ルックに教えられた通り、湖の岸辺沿いに、クスクス方面を目指しながら駆け続けたら。
程なくして現れた、細やかな高台の上に、佇むニ名の姿を、カナタとセツナは見付けた。
「見付けーーたーーーー…………」
「ああ、いたいた」
ごそごそと、世話しなく動き回っている風な二人へ、セツナは恨みがまし気に、カナタはのんびりと、声を掛けつつ近付く。
「……おお、どうした、二人共。──丁度良い処へ来た。今からな、実験をしようと思っているんだが、付き合うか?」
ダカダカ、高台を覆う緑を踏み締めながら、近付いて来たセツナへ、メイザースはのほほん、と振り返り。
「あー、セツナさんにカナタさんー。これから、楽しいことするんですよー?」
あは、とビッキーは、片手を上げてみせたカナタへ、きゃいきゃいと言い始めた。
「メイザースさん達の実験に付き合う為に、ここまで来た訳じゃありませんーーーーっ。……もうっ! メイザースさんもビッキーもっ! 破壊呪転送、とかゆー、訳の判らない、物騒な実験、止めて下さいっっ」
が、セツナは、呑気な風情の二人を、嗜めるように喚き。
「発想とか着眼点とか。その辺は、悪くないと思うんだけど。ビッキーの瞬きの魔法を使って……って云うのは、今一つ感心しないし。この実験、欠点があるの、判ってるのかな?」
彼等に見合うだけの、のんびりとした風情で、カナタは言った。
「欠点? 何処に欠点があると言う? …………まあ、そう言わず、黙って見ていろ」
カナタの言い出した、『欠点』、の一言に、メイザースは目を見開いたが。
高名な魔法使いは、直ぐさま機嫌を直し。
「いいか? ビッキー」
「はーーーい、何時でもいいですよー」
メイザースとビッキーは、いそいそ、実験を始め出してしまった。
「わっ、わわわわわっっ! ちょっ、一寸待ってーーーーーっ! え、えっと……えーーーとっっっ。流水……は僕今宿してないしっ! 守りの天蓋の札……もないしっ! えっと、えっと…………。わーん、マクドールさん、止めて下さい、あの二人っっっ!」
故に、セツナは、ビッキーの瞬きの魔法が失敗でもしたら、メイザースさんの唱えた魔法は何処へ行くっ! と慌てふためいたが。
「まあまあ、セツナ」
じたばたと暴れるセツナを、抱き込むように押さえて、にこっ、とカナタは微笑んだ。
「どーしてそんなに、悠長にーーーーーっっっ。マクドールさーーーーんっっっっ! あああああっ! メイザースさんもビッキーも、詠唱唱え終わっちゃうーーーーーっっ!」
がっしりと、押さえ込まれ。
が、それでもセツナは暴れ。
その隙に、メイザースは破壊呪を、ビッキーは、瞬きの魔法の詠唱を唱え終え。
メイザースのロッドより溢れた魔法の光が、ビッキーの唱えた瞬きの魔法の生み出す『空間』の中へと吸い込まれ…………────。
…………が。
メイザースとビッキーが、目標としただろう無人の小島をどれ程眺め続けても。
一向に、何の変化も起こらず。
辺りは唯、しん……と静まり返って。
この時が、未だ午前の内であることを証明するような、爽やかな風が湖面より、人々の立ち尽くした高台へと訪れ。
「…………どうして、何も起こらん?」
「変ですねえ……。失敗はしてない筈なんですけど……」
おや? と、メイザースとビッキーの二人は、不思議そうに首を傾げた。
「だから、欠点があるって、そう言ったのに」
しかし。
そうなることが判っていたとでも云う風に、くすくす、カナタは笑い出し。
「ビッキーにしても、メイザースにしても。魔法を使えるってことが当たり前過ぎて……と言うか、身近過ぎて。多分、ものすごーーーーー……く基本的なこと、忘れてるんだと思うよ」
「マクドールさん? どうしてですか? 基本的なことって?」
あれ? とセツナは、自分を羽交い締めにし続けた、カナタを見上げた。
「……ん? どうしてか? ────あのね。セツナはどうして、魔法って物がこの世に存在するのか、考えたこと、ある?」
すればカナタは、愉快そうな口振りで、セツナへの説明を始め。
「へ? 紋章……があるから、じゃないんですか?」
「うん、そうだね。紋章があるからだね。……でも、良く考えて御覧? セツナ。紋章は、『唯、紋章としてあるだけ』では、『魔法』と云う力を生み出せない。紋章の力を借りて、魔法を放つ為には、人体の何処かに紋章を宿し、且つ、詠唱を唱える、と云う過程を踏まなければならない。でも、ね。幾ら、紋章の力を借りている、とは云え。『この世界にない物』を、生み出すことは叶わないだろう? 自然の理は何処までも、一に一を足せばニで、一から一を引けば『無』だ」
「…………そう、ですね」
「……だから、魔法、と云う力を生み出す為には、紋章を宿して、詠唱を唱える、と云う過程を経て、僕達には判らない『何処』──もしかしたら、それは紋章の『中』、なのかも知れないけれど、兎に角、『何処』……一言で云うなら、異世界より、魔法の力の源を、引き摺り出してやらなければならない。……だからね。詠唱によって、この世界にはない何処かより呼び出した、魔法を、この世界ではない何処かを通して、再びこの世界へ転位、なんてことは、不可能に近いと思うよ。『何処』から呼び出された物を、一度、『何処』へと戻して且つ、『あの出口より、どうぞ』……なぁんてね。そんな都合良く、事は運ばないって。ま、大体、『元いた世界』に『溶け込む』のがオチだね。多分、だけど」
「は……あ…………」
「この世界に溢れる数多の魔法が、五行の理で説明出来るものだけならば、必ずしも、この世界にはない物を生み出す、と云うことにはならないんだろうから、そうとは言い切れないんだろうけど。そう云う訳じゃあないしね。それこそ瞬きの魔法なんて、五行の理だけで説明出来たら、驚異だ。…………と云う訳。……理解出来た? セツナ」
「えっと……多分、マクドールさんが教えてくれたこと、全部は理解出来てませんけど。兎に角、ビッキーとメイザースさんの実験の所為で、本拠地が吹っ飛ばないってことだけは判りましたっ!」
──長ったらしく、小難しい説明の最後。
にこっ、とカナタは、セツナへと笑ってみせ。
それはそれは複雑そうな顔をしながらも、セツナは元気に答えた。
「……今一つ理解出来ないって云うなら、後で疾っくり、セツナが納得出来るまで、懇々と説明してあげるけど」
「いえ、遠慮します」
そうして、二人の会話が、又禄でもない何時もの彼等のやり取りに、流れて行きそうになった時。
「……ああ、言われてみれば、確かに。その可能性を忘れていたな…………」
「………………あーのー。私、良く判らないんですけどー」
至極納得したような顔付きになったメイザースが、それを失念していたと、しみじみ腕を組み。
ビッキーは唯、きょとん、と、三人の顔を見比べ。
「ふむ。ここはもう一度、理論の組み立て直しか。……いかん、こんなことで足許を掬われているようでは、又、クロウリーとの決着が付かん。研究の続きをしなければ……」
「えっと………………。兎に角、実験は失敗しちゃった、ってことですか? なら、私もう、お城に戻ってもいいんですか? 私、帰りますよーー」
そのまま、メイザースとビッキーの二人は、カナタとセツナを置き去りに、それぞれ、本拠地へと戻って行った。