幾度か、ビクトールの打ち込みを弾いた後で。
深く身を屈めてセツナは、左のトンファーを、くるりと手の中で回した。
ふいっと取っ手を握り返せば、セツナの肘に沿っていた『尾』は、それを受けて回り、伸び。
ビクトールの足許を襲った。
「足払いってか?」
が、呆気無く、ビクトールはそれを避け。
「残念でした」
体重が軽いといいこともあるの、と当人が云った台詞通り、身軽な様でセツナは、足払いを避けたが為に不安定な姿勢になったビクトールの左側面へと回り込んで、武器を横に構え、『敵』が避けた方向へと、トンファーを繰り出す『振り』をした。
「げっっっ」
星辰剣へ添えようとしていた左腕の側へ、攻撃を仕掛けられる素振りを見せられ、ビクトールは更に姿勢を崩す。
「せーのっ!」
すれば、そこを狙い済ましてセツナは、ふざけた掛け声を放ちながら、正拳突きの要領で、ビクトールの脇腹へトンファーを叩き込むべく、右腕を霞ませ。
「………そこまで」
──トンファーの先端が、ビクトールの体を抉る寸前。
カナタの静かな声が、訓練所に響き。
ぴたっとセツナの動きは止まった。
「………………お前今、本気だったろう」
「……そんなことないもん」
「ホントかぁぁ?」
骨をも砕く一撃が、寸前で止まったのを眺め。
ビクトールがセツナに、文句を垂れた。
が、セツナは、違うもーん、とそっぽを向いて。
「セツナ」
二人が、模擬の始まりの時に立っていた場所へと戻って、一礼を交わすのを待ち、カナタがそこに近付いた。
「………はい?」
「四十点」
近付いて来たカナタをセツナが振り仰げば、にこっと微笑みながらもカナタは、不出来、とセツナを評価する。
「むー……。四十点…………」
「時間、掛かり過ぎ。要らないことで、相手に近付き過ぎ。セツナの武器はトンファーなんだから。相手の体勢崩してから攻撃をって云うのは良く判るけど、懐に飛び込んだ時には、さっさと勝負決めないとね。──はい、正拳突きの奥義は?」
「…………『一撃必殺』」
「良く出来ました。なら、今日の反省点は?」
「えーと……。様子見過ぎたこととー。ビクトールさんに足払い掛けた後、勝負決めるまでに、一手余分だったこととー。最初に突っ込んだ時に、決められなかったこととー…………」
「んー……そうだね、ま、そんなものかな。ああ、それとね。相手の打ち込み、受け止め過ぎだよ。受け流すよりも、その隙に突っ込んだ方がいい時もあるから」
「はぁーい」
四十点、と云う評価を受けて、がっくりと項垂れたセツナに、カナタは教示を与え、少し落ち込んだような返事がセツナより戻るのを待って、彼は今度は、ビクトールを振り仰いだ。
「ビクトール。その大振り、何とかしたら? 何であれで、あんなに隙がないのか、僕には不思議で仕方ないよ。ビクトールって、本番に強い質だから、いいんだろうけど」
「俺の剣は、お上品じゃねえんだよ。悪かったな。本番で『生き残りゃ』いいんだっての、それで」
「…………褒められた話? それ」
「決まってんだろうが。現に俺は、こうして生きてる」
見上げて来た相手が、軽い溜息を零してみせたから、ビクトールは肩を竦めながら笑いつつ、そう云ってやる。
「確かに。武道と戦いは、別物だしね」
自慢げに、トンと胸を叩きながら、自らの『生』を証明した彼へ、カナタは同意を返した。
「そう云うこった」
「ビクトールの、そう云う、或る意味での『あざとさ』、もう少し、セツナにもあるといいんだけどなあ……」
「……褒めてんのか? 貶してんのか?」
「充分、褒めてる」
「何処まで本気なんだかな、お前の言うことは」
「さあてね」
傭兵の言葉へ、納得を示しながらも、余り、褒め言葉とは言えぬような台詞をカナタが洩らしたから、やれやれとビクトールは、セツナを促しながら壁際へと戻り。
「やるんだろ? ゲオルグと」
「うん。たまには」
「お手並み、拝見と行くか」
良いもの見せてくれよー、とカナタに声を掛けつつ彼は、壁に凭れながら、見学者を決め込み始めた。
「マクドールさん、頑張って下さいねー。ゲオルグさんもーーっ」
ビクトールと共に、訓練所の片隅へと下がったセツナも又、中央に進んだカナタと、カナタの後を追うように、ゆらりとそこへ向かい始めたゲオルグへと声を掛けた。
「ま、僕達のは所詮、何処までも『模擬』にしかならないだろうから」
わいわいと、楽しそうに声援を送って寄越すセツナへ、片手を上げてカナタは、やって来たゲオルグを向き直る。
「…………恐らくはな。──お前と本気でやり合うのは、俺と言えども骨折りだ」
ほんの、僅か。
愉快そうに細まったカナタの漆黒の瞳を一瞥しながら、ゲオルグも微かに、口角を上げた。
「骨折りなだけ?」
「さあ、どうだかな。だが、多分…………──」
────そうして、彼等もやはり、始まりの合図のないまま。
カナタは右手の棍を、軽く掴み直し。
ゲオルグは、腰に帯びた太刀の柄へ、右手を掛け。