見方によっては、双方共に、薄笑いを浮かべている、とも言えそうな風情で、対峙しているカナタとゲオルグを眺め。

「なあ、セツナ。お前はどっちが勝つと思う?」

つんつん、と、横に並んだセツナのつむじ辺りをビクトールが突いた。

「んー。一寸、これぱっかりは、僕にも判らないかなあ。……あ、でもね、多分ね、割合と早く終わると思うよ、あれ」

突かれた頭の天辺を、すりすりと撫でながら、セツナは思案しながら告げた。

「……ほう、又、どうして」

「見てれば判るよ」

あの二人の勝負は、多分呆気無く終わると、そう言うセツナに、ビクトールが不思議そうな顔を作ったが、セツナは、よそ見しちゃ駄目ー、と傭兵を嗜めて。

「ん? ……ああ」

少年に言われるがまま、ビクトールが、立ち合いの風景へと眼差しを戻せば。

雲、と銘打たれた太刀の柄に掛けられた、ゲオルグの指先が、ぴくりと動いた時。

目には止まらぬ速さ、としか例えようのない速度で、カナタの棍が振り上げられた。

振り上げられた天牙棍の先端は、パンっっっ! と鋭い音を立て、ゲオルグの剣の柄を打ち、そしてそのまま、留まる。

────ゲオルグの太刀は、木棍など、一刀の許に断てる程の威力を持つ。

そしてそれだけの実力を、充分過ぎる程、伝説の剣士は持ち合わせている。

一方、カナタの棍は、その長さと動きの速さに、最大の利点があり。

彼は、太刀と云う武器を、如何にして『殺せば良いか』を、良く知っているから。

「『封じてしまえ』…………か?」

「貴方の、『二の太刀要らず』のあだ名は、伊達ではないだろう? 一閃の元に、首を刎ねるのがそちらのやり方だと言うなら、抜かせなければいい」

「我慢出来ると思っているとでも?」

「我慢する必要なんて、感じないよ。このままなら、貴方が抜くよりも、僕が打ち込む方が速い」

剣を抜こうとするゲオルグと。

それを、押さえ込むカナタのやり取りは、少々続いて。

「まあ、悪くはないと思うぞ、小僧」

力比べの最後、ふっ……とゲオルグは、僅かだけ、鞘ごと太刀を押し下げた。

ゲオルグの動きに合わせて、カナタは棍を操り、手首を返してそのまま、柄を押さえていた棍の先を、相手の顎辺りへ叩き込もうとし…………が彼は、棍ごと身を引いた。

彼が押さえ込んでいた太刀の柄は、ゲオルグの腰にあった。

だから、彼が棍を持ち上げれば、相手に太刀を抜き去る暇も与えず、勝敗は決した筈なのに、柄から、棍の先が離れた一瞬の間に、ゲオルグは、その太刀を半分程鞘より抜いて、己の顔面と、カナタの棍の間へ、滑り込ませていた。

故にカナタは身を引き。

何か物言いたそうに、すっと瞳を細め。

しなれども折れぬ、白蝋バイラーで出来た棍を掲げ、彼は、舞花棍ウーファグンなる操法を取り始める。

その名の通り、術者の前面で、舞う花のように棍を素早く回転させる操法。

「随分、基本に忠実なんだな」

「基本通りが、一番」

カナタが身を引いた際、完全に抜き去った太刀を構え、ゲオルグは言い。

それに、軽く受け答えを返して、カナタは棍を操りつつ踏み出た。

──カナタの戦い方を、演武、と評する者が多い理由、それは、基本が完璧だからだ。

完璧でなければならない基本、が、戦いの中で完璧にするのは難しいそれを、事も無げに、彼は披露してみせる。

だからゲオルグは、感嘆めいたトーンで、一言を呟き。

当然、とカナタはそれに答え。

二人の声音が途絶えた時。

風切り音を立てながら、『防御』と共に近付いて来る棍の先端と、完全に抜かれた太刀の切っ先が、一度だけ、強く触れ合った。

「こうなるとは思ったが。……やはり、つまらんなあ…………」

「別に、面白くしても良いけど。そう云う訳にも、いかないだろう?」

「それもそうだ」

棍の両端に付けられた、金属の覆いと、雲と云う名の太刀の先が触れ合った瞬間、音叉を弾いたような、不可思議な音が沸き上がって、それが消えるのを待たず、ふん……とゲオルグは、鼻白んだ。

心底つまらなそうに、言葉を吐き出した伝説の剣士へ、カナタは諭すような笑いを返した。

「……………………一度、見てみたかったぞ」

「何を」

「お前のことを、心からの自慢にしていた『あいつ』とお前の、模擬」

「…………へーーえ。そう云う『戦法』取るんだ、ゲオルグ。──なら、僕もこの場で、朗々と語ろうか? とある伝説の剣士と、『とある国の女王陛下との、麗しき悲恋物語』」

「……いい根性をしてるな、小僧」

「お互い様」

────軽く、武器を触れ合わせてそのまま、ぴたりと動きを止め、睨み合い。

心理戦も戦法の一つ、と言わんばかりに、にやりと笑ったゲオルグが、『とあること』を口にすれば。

にこっっと綺麗に微笑んで、カナタも又、何やらを告げた。

そして彼等は、『軽口』を叩いていた唇を噤み。

互い、計ったように揃って、深い呼吸をし、息遣いを止め。

ダンっ! …………と、訓練所の床を踏み付ける、甲高い音を同時に放ちながら、それぞれ、前へと踏み出した。

「あ………………」

……その、乾いた空間に響いた、高い音が消え去った時。

訓練所の片隅で、カナタとゲオルグのやり合いを見守っていたセツナが、小さな声を放った。

「成程なあ……」

その時セツナが見たものを、やはり見付けたビクトールは、何かを会得したような声を洩らした。

そんな二人の視線の先には。

ゲオルグの首の付け根に打ち込まれる寸前で止められたカナタの天牙棍と、真っ二つに断つべく振り下ろした刃を、天牙棍に触れるギリギリで止めたゲオルグの『雲』があって。

互い、光も、色さえも宿っておらぬと、傍目には映る瞳をしながら見詰め合い、彼等はすっと、それぞれの武器を引いた。

「どっちも、どうしたって本気にはなれねえってか。……そりゃあ、つまらねえわな」

棍を、太刀を戻し、無言のまま礼だけを交わした二人を眺め、ぼそっとビクトールが呟いた。

「………………狡いと思いません? ビクトールさん」

すればセツナが、ふいっと傭兵を見上げて言った。

「何が?」

「あれで、マクドールさんもゲオルグさんも、本気出してないって、狡いと思うなあ……僕」

見上げて来た、薄茶色の瞳を捕らえ、狡いとは? とビクトールが問えば。

セツナは、そんな風に答えて、ぷっと膨れてみせた。