始まって『しまった』、トラン解放戦争の思い出話の所為で。
そこから延々延々、カナタとセツナは、シモーヌとヴァンサンの二人掛かりで、『エスメラルダ嬢』が如何に素晴らしい女性なのか、の熱弁を振るわれ続けた。
もうこれで、何杯目だっけー……と、頭の片隅で考えながらセツナが、薔薇の紅茶を飲み過ぎしまったが為に、けぷっ……と、口許を押さえる程の長きに亘り。
元・帝国貴族の彼等は、今となっては懐かしい、エスメラルダのことを。
が、それでも一応は二人の話を聞いてはいるセツナとは違い、にっこりにこにこ、振るわれる熱弁に聞き入り、感心しているような表情だけは崩さず、が、間違いなく、これっぽっっっっ……ちもシモーヌとヴァンサンの言葉を拾い上げてなぞいないだろうカナタは、「ふーん。そうなんだ。大変だったんだねえ、彼女も」……とか何とか、非常に適当な相槌だけを返して、彼曰くの『どうでもいい話』を何処へと流し続けた。
「…………と云う訳なのですよ、我が心の友、カナタ殿。エスメラルダ嬢を巡って、情熱的な貴族達が争いを起こすことも、決して少なくはなかったのですから。見ず知らずの男に話し掛けられた彼女が、カナタ殿のことを、ひょっとしたら誘拐犯なのでは、と考えたのも、仕方のない話です」
だがやがて。
二人の振るっていた熱弁も、終わる時が来て。
にこにこ笑いながらもその実、脳裏では、そう云うのを世間では、自意識過剰って言うんだけどね、彼女、人の話聞かないし……などと考えながらカナタは。
「まあそれも、運命って奴なんだろうね」
セツナの耳には、『どうでもいいです、そんなこと』と聞こえて仕方がない一言を、さらりと二人の元・貴族へ告げ。
はい、この話はこれでお終い──そんな雰囲気を拵えた。
「ああ、我が心の友、セツナ殿。これで、判っては貰えただろうか、エスメラルダ嬢の素晴らしさを」
内心、二人がげんなりしているのに、気付いてはいないのだろう。
にこっ、と云うか、じったり、と云うか、当人的には優雅と思っているのだろう笑みを浮かべ、ヴァンサンが口を噤んだのを見て。
今度はシモーヌが、セツナへそう言った。
「あー……。えーと、まあ、一応。でも僕は……あんまり、華やかな女の人って、一寸」
噂の彼女の素晴らしさが、骨身に沁みる程判りましたと、そう言えと? と、背中に嫌な汗を掻きながら。
何とか話を逸らそうと、セツナはそんな台詞を、シモーヌに返した。
「おや? 華のある女性は、好きませんか」
彼の言葉に、ヴァンサンは、意外そうな顔を作った。
「うん……。まあ…………」
「どうしてですか?」
「──彼女が如何に素晴らしい人なのかは、良く判ったけど。僕も、エスメラルダのようなタイプは、一寸……かな。彼女に相応しい人は、彼女と『同類』の華やかさがある男性だと思うし」
セツナの告白の所為で、もしかして未だ、エスメラルダ嬢の素晴らしさを理解しては貰えなかったのだろうか……、そんな表情になったヴァンサンとシモーヌへ、『溺愛』中の少年を庇うべく、カナタが口を挟む。
「カナタ殿まで…………」
故に、ナルシスト二人組は、頬に僅か、苦笑を湛えたけれど。
次の瞬間には、違うことを思い当たったのか。
「ならば、カナタ殿は、どのような女性が?」
興味津々、と言える色を瞳に乗せて、テーブルへと、彼等は身を乗り出して来た。
「………僕?」
「ええ、カナタ殿の」
「僕の好きなタイプは、『綺麗な人』。……ああ、姿形のことじゃなくってね。中身の話だけど」
だから。
何を言わせる気なんだろうね、と口の中で零しながらも、さらっとカナタは、己の好む女性のタイプを告白する。
「『綺麗な人』、ですか。……例えば誰みたいな人です?」
その告白に、セツナもちょろっと、興味を示した。
「例えば…………と言われても困るけど……。うーーーん…………」
が、そう言われても、と、カナタは首を捻る。
「ミクミク、とか云う冗談は、言わないで下さいね」
「幾ら何でも、ムササビを引き合いには出さないってば。……ああ、でも難しいな。例えば、この城にいる宿星の女性達は皆、中身の綺麗な人達ばかりだとは思うけど。僕の言っているそれとは、少し違うから」
「……そなんですか?」
「うん。一寸ね。………ま、僕だって男だからねえ。見た目も、僕の好みに沿う麗しさのある人の方が、良いことは良いけど。見た目よりは中身だと思うよ、人間って」
「……………何か、そーゆー台詞、マクドールさんが言うと、ちょーーーっと嫌味ですね。マクドールさんみたいに、見た目良過ぎ、ってのも問題かもー」
「……あ、そう云う言い方するんだ? セツナは」
「だって、事実ですし」
己が好みを例えるのは、少し難しい、と。
首を捻ったまま、何処か言葉を選んでいる風に告白を続けたカナタを、セツナがからかえば。
「ふーーーーーーん。…………じゃ、セツナは? セツナは、どう云う女の人が好きなの」
仕返し、とばかりに、カナタはニヤっと笑ってみせた。
「え…………。僕ですか…………?」
「ああ、それは我々もお聞きしたい」
「そうだな、是非に」
セツナへ向けられたカナタの追求に、ヴァンサンとシモーヌも乗る。
「えっと………………。えっと、僕は、そのーーー。……あー…………」
すればセツナは何故か、きょろきょろと辺りを見回して。
周囲の人影を確かめ。
「…………僕は、ですね。お……大人しい女の子が、好きです…………」
ボソソ……っと彼は、小声で囁いた。
「例えば?」
「……ア、アンネリーみたいな子………………」
大人しい女の子が……と云うセツナのそれに、ん……? とカナタが一瞬眉間に皺を寄せて、例えを尋ねれば。
この城の小さな舞台で、夜毎、可憐な歌声を披露しているアンネリー、との答えが返り。
「……どうして?」
「だって。小さい時から、僕の周りにいる女の人って云ったら、近所のおばさん達とナナミくらいで。……………………ナナミの性格って、ああじゃないですか……。ナナミのあれが、悪いとは思いませんけど。義姉とはしては、いいですけど。……僕だって少しくらい、女の子に、『夢』見てみたいですぅ……」
続いた、カナタの更なる追求に、セツナの告白は、益々小声となって。
「あはははははははははははっ!」
少年の、小さな小さな声を拾い上げたカナタは、途端、声を立てて笑い出した。