「ナナミの奴に、何とかしろって言ってみたんだが。そうなっちまったセツナは、ナナミでも止められないってのが判っただけで。……結局。恐怖の大王としか言えなかったセツナの陣頭指揮の下、否応無しに励まされた掃除も片付けも、夜が明けても終わらなくて、終いにゃ、『塵一つまでも徹底排除! お家は綺麗な方がいいに決まってる!』とか何とか叫び出したあいつが、一応だが満足したのは、その日の日没頃でな……」
「生き死にも懸かってる一刻を争う事態に晒されてるのに、何で、俺達は大掃除なんかさせられてるんだ? と思っても、あの時一緒だった誰もセツナに逆らえなくて、逆らったらどうなるか想像するだけでも肝が冷えて、心底思い知らされもしたんだ。家事のことで燃え盛ってるセツナに逆らうのだけは、絶対止めよう、と……」
「そ、そうなんだ…………」
当時の思い出の一つを打ち明け、益々肩を落としてショボくれたビクトールと、目頭を押さえ始めたフリックを見比べつつ、目を丸くして話を聞いていたカナタは、両頬を引き攣らせる。
「深刻って程のことでもねぇし。後になって、それとなくセツナから話を引き出したら、あいつは、ガキだった頃からナナミの散らかしっぷりと掃除の下手さ加減にキレ続けてて、その所為で掃除に情熱を覚えるようになったらしいと判ったから、同情の余地はあるんだがなあ……」
「……家事が上手いのも、掃除に燃えるのも、悪いことじゃない。傭兵砦にいた頃は、俺だってセツナの家事の手際良さに感心してた。あいつが来てから、男所帯の砦が見違えるように綺麗になって、嬉しく思ったことだってある。……けど、行き過ぎは良くないだろう……? ……何でセツナは、あんなにも、掃除に関してだけ突き抜けるんだろう…………」
珍しい表情を見せたカナタを揶揄もせず、傭兵達は尚も悲嘆に暮れ、
「レオナさーん。ヨシノさんとヒルダさん、こっち来てる? レストランの厨房片付け終わったから、酒場の厨房のお掃除、始めても──。……あ、マクドールさん。ここにいたんですね」
そこへ、彼曰くの『お掃除の王道』な格好をキメたセツナがやって来た。
「ああ、セツナ。レストランの掃除してたんだってね。それならそうと、言ってくれれば良かったのに」
踏み込むなりカナタを見付け、ほんわり笑ったセツナへ、酒場にいた一同が恐れや怯えの眼差しを送った中、カナタだけは、腐れ縁コンビに聞かされた話から受けた、悪い意味での衝撃や呆れ等々を綺麗に腹の中に隠し、彼へと笑み返す。
「はい! 年末一斉大掃除で綺麗にしたのに、レストランも、ここも、僕が言い出した冬至祭の所為で汚れちゃいましたから、もう一回大掃除です。でも、マクドールさんに付き合って貰うのは申し訳ないなって思ったから、黙ってただけですよ?」
「そんなことはないよ。申し訳ない、だなんて。但……、全く出来ない訳じゃない、と自分では思っているけれど、僕には余り家事の才能が無いみたいだし、この間の大掃除の時に、やっぱり僕では、セツナの家事を手伝っても邪魔になるだけだと証明されたから、付き合ってはあげられないかもだけど」
そうしてカナタは、セツナの為だけに浮かべた無敵笑顔を深め、少なくとも『溺愛』中の彼には耳障り良く聞こえるだろうと思えた科白を舌に乗せたが。
「この間の、年末一斉大掃除の時……」
「セツナ?」
「そう……なんですよね。こーゆーこと、面と向かって言うのは物凄く申し訳なく思うんですけど、正直な話、マクドールさんは、あんまりお掃除上手じゃないですよね」
何を思ったか、セツナは、頤に右の人差し指の先を当てて、その場に突っ立ったまま暫く考え込んでから、トトッ……と、円卓に腰掛ける彼の傍らに駆け寄って、何となく嫌な予感がする、と目立たぬように、が、素早くビクトールの左手首を引っ掴み、フリックの右足も踏ん付け、腐れ縁コンビを逃さぬように確保したカナタの、漆黒色の瞳を覗き込みつつ、真剣な顔で言い出し。
「え? うん。え……と、それがどうかした?」
「でも、お掃除が全く出来ない訳でもないんですよね。…………あ、そうか。きっとマクドールさんは、食べ物で言う『食わず嫌い』と一緒で、自分は家事が下手だって思い込んじゃってて、正しいやり方も詳しいやり方も知らないから、上手くないんですよ。僕、そう思いました、たった今。──という訳で。マクドールさん」
「……………………何……?」
「僕と一緒に、今から、ここの厨房のお掃除しましょう。僕で良ければ、きっっ……ちり指導します! 仕込みます! も、マクドールさんの口から、僕は家事が苦手でー、なんて発言が出なくなるまでっっ。……あ、そうだ。序でに、シュウさんとルカさんも呼んできますね。あの二人も、家事の才能が無いよりも酷いですから、この際、何とかした方がいいと思うんです。家事能力は、あるに越したことないです。それに、皆でやれば直ぐに終わりますし。ヨシノさんもヒルダさんも手伝ってくれますし! うん、そうしましょうねっっ」
……やがて、セツナは、ガッと両手で握り拳を固め、燃え盛るような目で仰いだ天井を睨みながら叫んだ。
「…………セツナ。本気?」
「本気です!」
「……………………そう。判った。──セツナ。ビクトールとフリックも、手伝ってくれるそうだよ。良かったね」
「はいっ。ビクトールさんとフリックさんも励んでね!」
拙い、しくじった。当たり障りのないことを告げたつもりだったのに、と腹の底で自身を罵り、それでも顔全体に鉄壁の笑みを貼付けたまま、チロ……、っとセツナを頭の先から足の先まで眺め、彼の本気の度合いを計ったカナタは、逃げの一手も誤魔化しも効かないと即断すると、ならば犠牲者は多い方がいいと、先ず、覚えた嫌な予感に従い確保しておいた腐れ縁コンビをセツナへと突き出し、
「他に、誰か手伝わせたい人はいる?」
さぁ……っと、面白いくらい顔色を変えて、口をパクパクさせ始めた傭兵達を綺麗さっぱり無視し、更なる犠牲者確保に走った。
「んー……。ゲオルグさんは呼び付けたいよーな……。でも、ここの厨房は、レストランのと違って狭いんで、あんまり人が多くても困っちゃいますから……」
「大丈夫だよ、セツナ。どうせなら、今、ここに居合わせてる皆に協力して貰って、『全員で』客席の方まで掃除してしまえばいい。そうすれば酒場中が綺麗になるから、セツナも気分いいだろう? ゲオルグにも手伝わさせられるしね」
「マクドールさん……! 僕も、ホントはそう思ってたんですっ。マクドールさんは、レオナさんの酒場、丸ごとお掃除したいって僕の本音に気付いてくれてたんですねっ。嬉しいです! ──うん、そうしましょう! 皆も手伝ってね! 皆が何時もお世話になってる酒場のお掃除だもん、張り切らないと!」
うっかり下手を打ったが、だからと言って、自分だけがババを引くつもりはないカナタの誑かしに、セツナは実に呆気なく乗せられ、「流石、マクドールさん……!」と、拳握り締める手に益々の力を込め、
「レオナさん、シュウさんとゲオルグさんとルカさん、呼んできて下さい! ──皆! お掃除始めるよー!」
そうと決まれば! と彼は、うきうきと嬉しそうに、恨みがまし気にカナタの背を睨み付ける腐れ縁傭兵コンビや、たまたま酒場に居合わせただけでとばっちりを喰らうことになってしまった飲ん兵衛達や、「まあ、私達は最初から掃除をする予定だったし……」と複雑な目で見遣ってきている女性陣に檄を飛ばしながら、いそいそ、この年の瀬二度目の、レオナの酒場の大掃除に挑み始めた。
掃除に関わることで逆らうと、怖い怖い鬼よりも鬼と化す──ビクトールとフリックの証言に因る──らしいセツナの指揮及び指導の下、急遽行われたレオナの酒場の一斉清掃は、要らん情熱を迸らせた小さな盟主殿の言葉通り、大人数でやっつけた所為か、午後の浅い内に何とか片付いた。
自己保身の為にもセツナの味方に付いたレオナに上手いこと言い包められ、のこのこ酒場を訪れたルカやゲオルグが、呼び出しの理由を知った途端、「今から真剣での立ち合いをする約束になっているから」と、即興の言い訳を拵えて逃走しようとしたり。
同じく呼び付けられた途端、真相を悟ったシュウが、セツナ以下、酒場に集った一同相手に大説教をカマそうとして、セツナからもカナタからも返り討ちに遭ったり。
どうせ逃れられぬなら。そして、やらされると言うならば、と盟主殿の熱烈家事指導に甘んじる覚悟を決めたカナタが、セツナとは又違った方向性を持った情熱の火を灯してしまい、厨房清掃に於ける詳細な手順や極意を熱血指導者から聞き出そうと励み過ぎ、ちょっぴりうんざりしてしまったらしいセツナに、
「マクドールさん……。もう、何もしないで、口も閉じて、唯、大人しく僕のやること見てて下さい」
とのお言葉と共に白旗を揚げさせる、と言った幾つかの悶着が起こった割には、所要時間的に好成績だったと言える。
主にカナタの所為で、本来ならそんな運命を辿らずに済んだ犠牲者が数多出はしたが、レオナの酒場は、掛け値なし、隅から隅までピカピカに輝いたので、そういう意味でも良かったのだろう。
「このお城は僕達の大切な家なんだから、大事に使ってあげないと! ほら、綺麗になって気持ちいいでしょ?」
と、セツナもご満悦になったから、尚の事。
…………但。
言わずもがなな気もするが、カナタは、犠牲者達の恨みを買った。
それはもう、激しく深い恨みを。
お前が、貴様が、貴方が、マクドール様が、余計なことを言ったりさえしなければ、自分達はこんな目に遭わずに済んだのに……! と。
その恨みの念に目が眩み、うっかりカナタ相手に仕返しを企んだ者達まで出た。
だが、当のカナタは、人々の恨みなど歯牙にも掛けず、自分相手に仕返しを企んだ者達は、きっちり以上に討ち取りつつ、もう間もなく迎える、行く年を惜しみ来る年を祝う為の宴という名の馬鹿騒ぎの後
End
後書きに代えて
家事絡みのことで発揮されるセツナの謎な情熱(もしかしたら執着)には、カナタも勝てない。
でも、カナタは只黙って犠牲になるタイプではないので、被害甚大なのは彼でなく周囲。可哀想に(棒読み)。
って、それよりも、自分で書いといて何だけど、私は、ルカ様やゲオルグさんが、姉さん被り&襷掛けな姿を見てみたい。この目で(真顔)。
──尚、この話には、オマケの真相編があります。
真相編は、シリアス系統な話(でも二割以上はコメディかも知れない)なので、ご了承下さい。
『とある日の出来事 ─我等が愛しきデュナンのお城 真相編─』
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。