「あ、ビクトールさん達捜してたんだけど、でも、もう──」
「──ああ。隊長なら今頃……。…………っと、あー…………」
隊長のことで、盟主様が何か? と、気を遣ったのだろう兵士は、セツナの言葉半ばのまま、何やらを言い掛け、が、ヤバい、と口を噤んだ。
「……? 今頃? 何?」
「その……。あー……」
「ビクトール達が何処に行ったか、知ってるんだ?」
「言い淀む理由でもあるのか?」
その様子から、何やらを察したらしいカナタは、にっこり、と笑みながら、口籠った彼を見詰め、シュウは冷たい眼差しをくれ。
「その……、多分、クスクス辺りに繰り出したんじゃない、かなー……、なんて…………。あーはーはー……」
笑ってはいるけれど、有無を言わさぬ迫力を滲ませたカナタと、真っ向勝負で問い詰めてきたシュウに見遣られて、バツが悪そうに、誤摩化し笑いを浮かべながら、兵士は視線を逸らした。
「クスクスに? 何で?」
「えっと……、まあ、その……。多分、です、け、ど……。ええと…………」
「…………娼館に行った、とかいう訳ではあるまいな?」
「……いえ、多分、そう、です…………」
けれど、カナタとシュウの問い詰めは続き、仕方なく、兵士が全てを白状したら。
「…………………………。マクドールさん。ショーカン、って何ですか?」
きょとん、とした顔をして。
僕、それ判らない、と、真ん丸い薄茶色の瞳を、一層丸くし、キラキラ輝かせ。
好奇心旺盛そうに。
セツナがカナタを見上げた。
「……えっ? 娼館が、何、か……?」
「ええ。何ですか? ショーカンって。ビクトールさん達でも行きたがる、楽しい所ですか?」
「いや、それは、その…………。ま、まあ、ビクトール達にとっては、楽しい所、だとは思うけど……」
「だから、何ですか?」
「…………何、と言われても……。あー…………」
「……? 何で、マクドールさん、そんなに言い辛そうにしてるんですか? ……シュウさん、ショーカンって、何?」
くりっとした目で、ショーカンって何ですか! と彼がカナタに問えば、カナタは、しまった、という顔付きになって、言葉を濁し。
マクドールさんが教えてくれないならと、セツナは今度は、シュウを見上げた。
「それは何か、と問われましても……。…………何処から説明したら良いやら……。………………と言いますか、盟主殿。……本当に、ご存知ないのですか……?」
「うん。判んない。何? 見世物小屋か何か? それとも、ショーカンって名前の、酒場?」
「酒場、と言えば、酒場、でもあるような……。そう言って言えないこともないような……。でも…………。あー………………」
キラキラと輝く瞳で見詰めてくる、答えを待ちかねている彼に、カナタ同様、シュウも又、ぴくりと片眉を持ち上げながら、言葉を詰まらせ。
「……マクドール殿」
「…………何」
「何処から何処まで説明するべきだと、マクドール殿はお考えですか。私の口から盟主殿へと、この手合いのことを、一度、きちんとご説明した方が宜しいですか……? それとも、ホウアン辺りに……」
「いや、良いよ……。色んな意味で、説明しても無駄だと思うし。一度に、根本の話から、果ては、娼館が何なのかまでをセツナに詰め込んでみても、理解出来ないと思うし……」
「そう、ですか…………。マクドール殿がそう仰るなら……。……戦や、兵法のことだけではなく、年相応のことも、私はお教えしなければならなかったのではないかと、今、少し、不安に…………」
「大丈夫。僕も、教え倦ねてるし…………」
セツナを捨て置きカナタを見遣り、酷く情けなさそうな表情をシュウは作って、そんな彼に、セツナのこのザマに関してだけはと、カナタは同情する。
「マクドールさん? シュウさんも。何のお話? あ、ショーカンのお話とか? ……結局、ショーカンって何なんですか? ビクトールさん達がそこ行ったって聞いたら、二人共良い顔しなかったから、あんまり良くない場所、とかなんですか? マクドールさん。……でも、僕、ビクトールさん達でも楽しいと思うくらいの場所、一回見てみたいです」
「セツナ……………」
「駄目ですか? 二人共説明し辛いなら、見学した方が手っ取り早いかなって思ったんです。楽しいけど良くない所なら、皆のこと、連れ戻して来た方がいいんですよね? なら、マクドールさん、これからクスクス行きましょうよ。で、ビクトールさん達、お迎えに行きましょう! そうすれば、ショーカンがどんな所なのか、僕にも判りますし」
……片や、酷く困ったような、情けない事この上ないような表情を拵え、片や、同情しきりの表情を拵え。
まるで、同病相哀れんでいるようなカナタとシュウを見比べ、徐に、セツナが、クスクスに行きます! と言い出した。
「…………本気……?」
「はいっ。本気ですっ」
「僕とシュウの二人で、ビクトール達は連れ戻してくるから。セツナは、ここにいた方が……」
「えーーー、それは狡いですっ。僕も行きたいです!」
「セツナには、楽しい場所じゃないと思うよ? 所謂、盛り場にある店だし」
「……なら、マクドールさんには楽しい場所なんですか?」
「………………いや、僕にも楽しい場所では……」
「……むう。なら、悪い場所なんですか?」
「…………………………悪い、と言って言えないこともない、かな……」
「じゃあ余計、ビクトールさん達、早く連れ戻さないと駄目じゃないですか。何なら、僕、ショーカンの前で待ってますから。兎に角、クスクス行きましょう、マクドールさん!」
「……セツナ。もう一回、訊いてもいいかな。…………本気?」
「はい、本気ですっ!」
「……止めない?」
「嫌です!」
「娼館はね。君のような、こど……もー……じゃなかった、あー……、……うん、これから未知の世界を知る、前途ある若者の行く所じゃないんだ。教育上、良くない」
「……マクドールさん。マクドールさんも、若者ですよね? なのに、僕はこれから知る未知の世界を、マクドールさんは知ってるんですか?」
「…………………………知ってる訳がないだろう?」
「じゃあ、どうして、教育上良くない、とか言えるんですか? 何で僕は駄目なんですか?」
「セツナ。世の中にはね、実体験を伴わずとも得られる知識、というのがあるんだよ」
「なら僕も、実体験を伴わなくとも得られる知識って言うの、得たいです!」
「……………………君も、一旦、こう、と決めたら、絶対に引き下がらないよね……」
──セツナが、瞳をキラキラさせたまま、クスクスにーー! と言い出したから。
ビクトール達の行方を、うっかり洩らしてしまった兵士や、偶然居合わせた者達が、何で自分達はこんなことで、と疑問を抱きつつも、固唾を飲んで成り行きを見守る中、それより暫くの間、カナタは何とかしてセツナを思い留まらせようと、抵抗を示してみたが。
核心に一切触れることなく、セツナを言い包めなくてはならなかったカナタの言葉には、若干、説得力が足りなかったようで。
「行きましょう、クスクス! ビッキーーー! クスクス行きたーーーい!」
カナタの上衣の裾を掴みながら、酒場の出口へと歩き始めたセツナは、廊下を出た直ぐそこにいる、転移魔法少女、ビッキーへと大声を放ち。
「この件ばかりは、見送り、なんてさせないよ。悪いけど、貴方にも同じ、泥船に乗って貰うから」
カナタはセツナに腕引かれながらも、行ってらっしゃいませ、と言わんばかりにスッと身を引き道を空けた、シュウの二の腕を、がっっっっ……ちり、と掴み上げた。