午後の茶を楽しむような時間、ハイ・ヨーのレストランは、それ程忙しくはないから。

ひょいっと、厨房の方へ顔を出したカナタを振り返って。

「…………? どうしたアルヨ? マクドールさんが一人で、なんて珍しいネ」

ハイ・ヨーは、不思議そうに首を傾げた。

「一寸ね。執務で参ってるセツナが、お腹空いたって言い出したから。僕が作って来てあげる、って約束しちゃって」

にこにこ笑いながら、でも理由を問いたそうなハイ・ヨーに、片手をひらひら振りながら、カナタはそう答えた。

「手伝った方が良いアルカ?」

「いや、いい。そちらも暇ではないだろうから。多分僕も、人並み程度には、料理くらい出来るし。だから申し訳ないけど、厨房借りるよ」

返された弁に、盟主殿の食事なら、とハイ・ヨーは言い出したけれど、それを、物腰柔らかく断り。

トドメ、とばかりに微笑んでからカナタは、辺りを見回した。

………………切羽詰まっている様子のセツナには、ああ言ったけれど。

実の処、彼には、『お子様ランチ』という物の実体が良く判っていない、という、セツナの望みを叶える為の食事作りに勤しむには、決定的とも言える、知識の欠損があり。

故に、確か、お子様ランチのレシピってあったよね……と、辺りを漁ってみたのだが、勝手の判らない、ハイ・ヨーの城のような厨房で、それを見付けることは出来ず。

厨房の主を振り返ってみれば、料理の注文が入ったのか、ハイ・ヨーは火に掛けた鍋を、勢い良く振っている最中だったので。

「……まあ、いいか。…………記憶が間違っていないといいんだけど……。うろ覚えだからなあ……」

作ったことはないからと、宣言はしてあるから、まあ……と、カナタは。

己の中の記憶のみに頼り、セツナの為の昼食作りに、『一人』挑み始めた。

遠い昔は。

調理器具一切を、持ったことがない処か。

従者だったグレミオに悪戯をする時とか、お腹が空いて、つまみ食いをしに忍び込んだ時とか。

生家の厨房にすら、そんな時しか入ったことがなく。

或る程度の年齢が過ぎるまでは、食事という物は、黙っていても出て来るか、誰かが作ってくれて当然の物だと、彼はそう思い込んでいた。

トラン解放戦争と、運命を共にしてからはずっと、衣食住など、有り体に言ってしまえば『二の次』でしかなく、ある物、出て来た物を、口に放り込む、と言った日々が続き。

一般的な『日常生活』に、思考の一部を割いている暇すらなくて。

でも、世界を彷徨うようになって過ぎた、三年の月日の中で。

自分が口にする物くらいは、自分で何とか出来る程度に、カナタはなっていたから。

お子様ランチという物が、果たして『何を指す』のかの『認識』が、若干誤っている彼だけれど。

色々な物が一度に沢山味わえて、栄養のバランスも量も程良くと、セツナが言ったということは、と。

人並み程度よりも、少々劣るか劣らないか、な腕前で以て奮闘し、肉料理だの、魚料理だの、を、小さめに拵えては、器に盛り付け。

型に詰めた御飯を、コンコンと、崩さないように意識を払いながら、器の片隅に落とした。

「おーい、セツナの飯作ってんだって?」

「良くやるなー、お前も」

ふるふると、震えながら型より抜けた主食が、僅か崩れそうになりながらも、一応の形は留めて、器に落ちた丁度その時。

何処かから、耳聡く話を聞き付けて来たのか。

そうでもなければ、カナタがセツナの為に厨房に籠った、という話が、既に城内の噂となったのか。

物見遊山に興じるような顔付きをした、同盟軍の腐れ縁傭兵コンビ──ビクトールとフリックの二人が、厨房へと冷やかしにやって来て、カナタの手許を覗き込んだ。

「………………まあ、普通、か?」

「……普通、だろうな、多分」

何時もの調子でやって来て、何時もの調子で喋り出し、もう間もなく出来上がる、セツナの為の昼食を、ビクトールとフリックは評価する。

「邪魔しないでくれないか、二人共」

故に。

他のことならいざ知らず、事料理に関しては、セツナを満足させる自信が持てないカナタは、腐れ縁二人組の相手なぞしている余裕などないと、渋い顔で二人を見遣った。

「まあ、そう言うなって。邪魔はしてねえだろう? ほれほれ。────……なあ、セツナの奴、やりたくもない鬱陶しい仕事、してんだろう? もう一寸だな、精の付く物の方がいいんじゃねえのか?」

けれどビクトールは、ぐりぐりとカナタの頭を指先で小突きつつ笑い、ふと、訝しそうな表情を作った。

「いいんだよ、お子様ランチが食べたいんだって、セツナの御所望なんだから。……大体ね、肉体労働をしている訳じゃないのに、精の付く物なんて食べても仕方ないだろう? ビクトールじゃあるまいし」

すれば、カナタは。

栄養価の高い物ばかり食べてると、太るよ? とでも言いたげな眼差しを、熊、とあだ名されることもある傭兵へと送り付け。

「あ、そうだ、甘味…………」

傭兵二人のことを、意識の外へと追い出し。

左手に、昼食の器が乗った、大きめの盆を。

右手に、『甘味』と『渋茶』が乗った小振りの盆を。

それぞれ携え。

「じゃあね、二人共。セツナが待ってるから」

暖かい内に届けたいから、と言い残し、さっさと、厨房を出て行った。

「………………お子様ランチ……って言ったか?」

「……ああ。確かに、お子様ランチって言ったぞ、あいつ」

「……なあ、フリック」

「ん?」

「セツナの奴、カナタの前で、お子様ランチ、食べてたことあったか?」

「…………多分、ないと思う。少なくとも俺は、見た覚えがない。あいつの近くで、そんな物食べてる奴がいたのを、見た覚えもない」

「だよな…………。ってことは……」

「……多分、そうなんだろうな……」

────その場に、取り残された傭兵達は。

去って行ったカナタの背を、黙って見送りながら。

不思議そうな面持ちで、そんなやり取りを交わした。