扉が開いて。
「お待たせ、セツナ」
そう言いながら、カナタが部屋へ入った瞬間。
お子様ランチが食べたいと言い出した時よりも尚、虚ろな目になっていたセツナは、ぱっと顔を輝かせ。
「有り難うございました、マクドールさんっ! わーい、御飯っ! 僕の御飯ーーっ。僕の幸せの御飯ーーーーーっ!」
書類を、ペンを放り出し、いそいそと、今は部屋の片隅へと追いやられている、茶を嗜む為のテーブルへと向かった。
「あんまり、味の方の保証は出来ないよ? 御免ね?」
小器用に、書類だらけの部屋を横切り、ぴょこん、と席に付き、御飯っ! と満面の笑みを浮かべたセツナの前に、左手で携えた昼食を、大きめの盆ごと差し出し、カナタは苦笑する。
「そんなことないですっ! マクドールさんが作ってくれたんですよ? 不味かったりする訳がっ! …………って……。………………え?」
そんな彼へ、セツナは、満面の笑み以上の笑みを浮かべて力説し、が、盆の上の昼食を見遣った途端、ぴたり、と。
眉間に深い皺を刻んで、動きを止めた。
「……どうしたの?」
故にカナタは、セツナの顔を覗き込み。
「マクドールさん。……変なこと聞きますけども」
「……うん?」
「お子様ランチの作り方って、知ってました?」
セツナは、何でもないことのように、問いを口にし。
「…………御免、正直、余り良くは…………」
された質問に、流石に気付かれたよね、との顔で彼は答えた。
「そうですか……」
なのでセツナは、神妙そうに呟き。
「何処か、おかしかった?」
そんなに酷い記憶違いを僕はしたかなと、カナタは瞳を細め。
「まあ、一寸……。──あ、でも僕、『これはこれ』で好きですからっ! いただきまーーーすっ」
だが、『箸』を取り上げセツナは、両手を合わせてから、気にしないで下さいねー、と昼食を食べ始めた。
………………恐らく。
彼の中では、ハンバーグ辺りが想像されていただろう、が、実際は角煮だった肉料理や。
やはり、彼の中では、海老フライ辺りが描かれていただろう、が、実際は刺身だった魚料理や。
多分、彼の中では、マヨネーズで和えたサラダかなと信じられていた、が、実際は海老と蕗の焚き合わせだった煮物や。
炒飯? それとも小さいオムライス? あ、パスタが付きでも食べられるっ! と、うきうき想像していた、が、現実には刻んだ梅紫蘇をまぶした、花びら型に抜かれた御飯を。
ペロっと彼は平らげて。
プリンでもいいし、アイスでもいいし、と、どちらも捨て難かったデザート代わりに、みたらし団子を頬張り渋茶を啜り。
……どーして、松花堂弁当とお子様ライスの区別、付かないのかなー、マクドールさんってばー……と、内心に過った想いを、おくびにも出さぬまま。
「凄く美味しかったです、マクドールさん。御馳走様でしたぁっ」
「宜しく召し上がれ※」
「……御飯食べた後に、そんな丁寧な挨拶されたら、消化に悪いですよぅ」
セツナは、ほえほえと、幸せそうに笑いながら。
元気良くと言うか、やっと我を取り戻したと言うか、な顔付きになって、とことこ、執務机に戻った。
さて、それより数日。
相も変わらずカナタが、故郷の街、グレッグミンスターに帰ることもなく過ぎ。
へろへろになる程、セツナの周りを取り囲んでいた書類の山も片付いて。
数日振りに、これでもかっ! と溜め込んだ執務との格闘から解放され、何時も通り、あちらこちらを元気に彷徨い始めたセツナが。
「マクドールさーーーんっ。一寸、行きましょう」
「え、何処へ?」
「まあまあ。大した用事じゃ」
がしっと、有無を言わせずカナタの腕を取って、昼食時、いそいそと向かった先は、ハイ・ヨーのレストランの、厨房、だった。
「セツナ?」
故に、そんな所へ引き摺り込まれたカナタは、ここで何を? と首を傾げたけれど。
「ハイ・ヨーさん、厨房借りますねー。──……はいっ、手洗って、包丁持って下さい、マクドールさんっ」
にっこりにこにこ、カナタにも負けず劣らずの、鉄壁の笑みを湛えてセツナは、問答無用で、戸惑うことしきりのカナタに、包丁を握らせ。
何時の間に付けたのか、真っ白な前掛けを身に付けた姿で、テキパキと、タマネギ剥いて下さい、そしたら刻んで下さい、人参とおイモも皮剥いて下さい、僕、海老の背わた取りますから、あ、お豆下茹でしますから、お鍋出しといて下さいねー…………とか何とか。
カナタや、カナタとセツナの二人を横目で眺めていた、ハイ・ヨーや、レストランの女給のミンミンが、もしかしたらセツナは本当は、料理人になりたかったのではなかろうか、と、一瞬本気で疑った程の情熱を傾け。
彼は、『一つの到達地点』を目指して、カナタを急き立てつつ励み出した。
…………そうして、やがて。
相応の時間が過ぎた頃。
二つの大振りの皿に、セツナが目指した到達地点である、一品の料理──小さいハンバーグや、海老やジャガイモのフライや、色とりどりの野菜で作られたサラダや、トマトソースで和えたパスタなどが、一同に揃えられた料理が盛られ。
最後に、ほんのり赤く色付いた炒め御飯に、トラン共和国と同盟軍の、紙で出来た小さな旗が、ぷすりぷすりと刺され。
サクランボの砂糖漬けが乗った、プリンが添えられ。
「…………セツナ?」
「マクドールさん。本当はですね、こういうのが、『お子様ランチ』って言うんですよ」
自ら共に、作らせられたにも拘らず、これは? の表情を隠さなかったカナタへ。
力説するように、セツナは言った。
※ 一般的なやり取りではないかも知れないので、一応。──関西地方で言う処の「よろしゅうおあがり」、関東で言う処の「お粗末様」の系統だと思って頂けると。