「……………本気で言ってる?」

──その質問に。

カナタは思わず馬鹿面を晒し掛け、気合いでそれを取り繕い。

「……セツナ。質問」

徐に彼は、眼前の少年をじっと見詰めた。

「はい、何ですか?」

「逢引って言葉は、判ってる……よね? ……なら。逢引してる男女が、何をするかは知ってる?」

「知ってますよぅ、それくらい。好きとか、愛してるとか、言い合うんでしょう?」

「…………。一寸違う」

「あ、判ったっ! それだけじゃなくってっ! え、えっとですね。そのーですね。『ちゅう』……とかもするっ!」

「………………あ、流石に、キスは知ってるんだ…………」

射し込む月光を弾いて光る、薄茶色の大きな瞳を覗き込んで、真面目に問い質してみれば。

セツナから返って来た質問の答えは、そのようなもので。

キスと言う行為をセツナが知っていたことには安堵しつつも、『そこ止まり』か……と、カナタは一瞬、遠い目をした。

「君、絶対に、十五じゃないよ、年齢…………」

「……どーして、そうなるんですかっっ。何で、僕の歳のことなんか出て来るんですか、この会話にーーっ」

「何ででも。十五の少年の、色恋に対する知識の程度がそこ止まりって云うのは、或る意味驚異だよ……。────あのね。逢引してる恋人同士がすることは、まあ……恋人同士の『仲の程度』にもよるけど、『ちゅう』よりも先に進んだことなんだよ。……判る? 僕の言っていること」

「それ…………はー……。まあ、何となく…………。ぼ、僕だって、男の子ですからー……」

遠い目、と言うよりは、遣る瀬ない目をしてカナタが言い出したことへ、ごにょごにょ、セツナは告げた。

「…………なら、逢引している男女が、君曰くの『ちゅう』の先に、することは何でしょうか?」

だが、カナタは。

本当に判ってる? とでも言いたげな色を、漆黒の瞳一杯に浮かべて、更なる質問を、セツナへぶつけた。

「えっと…………。えーーーーっと…………。『いちゃいちゃ』」

「『いちゃいちゃ』って? 具体的に、何するの?」

「さあ……何でしょうねえ…………」

「………………セツナ。君、ね…………」

或る意味、不躾な質問を投げ掛けてみれば。

どう解釈しても、上っ面の知識で誤魔化しているとしか思えぬ台詞をセツナが吐くから。

げんなりと、カナタは項垂れ。

「知らな過ぎるのも、問題だからね……。誰かに、大嘘を吹き込まれないとも限らないし……。────あのね、セツナ。『躰の交わり』って、判る?」

どーして僕が、こんな所でセツナに、『性教育講座』なんて開かなくちゃいけないんだろう……と、内心では思いつつも彼は、この際、一から教える覚悟を決めて、あからさまなことを言い出した。

「それくらい、判りますっ! 結婚した男の人と女の人が、赤ちゃん作る為にすることですっ!」

すればセツナは、威張っているように胸を張り。

「……不正解、じゃないんだけど……。『最も正しい』答えではあるんだけど……。まあ、そう云うことは、結婚してなくても、男女間じゃなくとも、出来るんだよ。──でも、それが判ってて何で……………。……あ、判った。セツナ、『やり方』知らないんだ」

威張りんぼになった少年の、非常に模範的な答えを受けたカナタは、ぶつぶつと一人悩んだ挙げ句、ああ、そう云うことか、と軽く手を打ち鳴らした。

「やり方? やり方って、あるんですか? あーゆーのって、一緒のお布団に入れば何とかなっちゃうもんじゃないんですか?」

────判る者には、カナタが何処までも、露骨且つ、失礼な台詞を吐いているこの現実も、容易に汲めたろうが。

眼前の人が出した『結論』に、のほほんと答えるセツナに、そのようなことが察せられる筈もなく。

「赤ん坊はねえ、夫婦が閨で一緒に寝ていれば、黙っててもコウノトリが運んで来てくれるって云う訳じゃないんだよ…………」

何故、この手のことに関するセツナの知識は、こうも『中途半端』なのだろうと、カナタは益々、項垂れた。

「……でね、話戻るけど」

しかし。

ここで延々嘆いていても致し方ないから、何とか気を取り直して、彼は話を進め。

「…………はい?」

「さっき、シーナがしていたのはね、要するに、『躰の交わり』の、前哨戦みたいなものなんだよ」

「……前哨戦? 首に、噛み付くことがですか?」

「………………いや、だから、そうじゃなくって…………」

が、話を進めてみても、セツナの理解は深まらず。

「……………………あ、マクドールさん。シーナ達が……」

そうこうしている内に、『前哨戦』もそこから先も、一先ずは打ち止めにしたのか、シーナと、シーナの逢引相手の女性が、カナタとセツナが潜む岩陰へと向かって歩いて来た。

故に彼等は不本意ながらも、じっと気配を殺し。

真実、そう云う関係なのかは兎も角、今宵は少なくとも恋人同士だろう二人が、明るい月夜の晩だと云うに、それこそ『いちゃいちゃ』しながら、水辺を去って行くのをやり過ごし。

「あのー……ですね? マクドールさん……?」

去って行った二人の背中を、じーーー……っと見送った後、セツナは又、上目遣いをカナタに向け。

「……今度は、何…………」

「やっぱり、シーナ、吸血鬼ですか…………?」

「どうして、そうなるの…………」

向けられた上目遣いと、再び、始まりへと戻ってしまった質問に、カナタは唯、天を仰いだ。