僕から剥がれ落ちた何かを道連れに、グレミオが逝ってしまって。
間髪入れず、僕に与えられた『運命』は、父上との戦い、だった。
カクの街まで、解放軍討伐の為に攻め上がって来た父上の部隊と、僕は、戦わなくてはならなかった。
……一度目の攻防は、為す術もなく、完敗した。
常勝将軍と詠われた父上に、僕達が勝つ方法など、なかった。
…………あれが、僕が初めて経験した負け戦で、けれど、悔しいとか、このままでは……とか、そう云った感情を、僕は覚えることもなく、湖上の城に撤退した。
僕が心の底から尊敬するあの人に、勝てる筈などないかも知れない、と、そんな、負の確信が、父上との戦いに挑む前より、僕にはあったから。
あの攻防戦で、やり切れなかったのは唯一つ。
掃討戦に持ち込まれた際、僕を守る為に父上と対峙したパーンが、戻って来なかったこと、それのみ。
──グレミオを亡くしたばかりだったのに、父上とやり合って、負けて、尚且つ、確かに僕の大切だった人の一人だったパーンをも亡くして。
一瞬…………そう、本当に刹那の時間、僕は打ちのめされそうになったけれど。
僕の中の覚悟と、嘆かない、と云う想いが、僕を支えてくれた。
或る意味では、とても厳しい言葉達だったかも知れないけれど……仲間達が僕に掛けてくれた言葉や想いも、僕を支えてくれた。
密かなる、感謝を捧げたくなるくらい。
仲間達に僕は、支えて貰った。
だから、僕は。
退かなかった。
退こうとか、立ち止まろうとか。
僕は微塵も考えなかった。
『全てのこと』に、悲しみを覚えなかった、と云ったら、それは嘘になるけれど。
辛いとも思わなかったし、嘆こうとも思わなかった。
…………止まってしまおう、なんて。
これっぽっちだって。
唯、僕は。
それまで以上に、急いだ。
内心に、焦りを抱えた。
あの時の僕に二つだけ残されていた大切なモノの内の片方、父上の為に……と。
父上に、会う為に……と。
────僕の中の覚悟、僕の中の信念、僕が掴んだ仲間達。
それらが、僕を支えてくれたのは、確かだけれど。
あの頃の僕を、本当に支えていたのは、今にして思えば微かな、けれどあの時の僕にはとても大きかった、『希望』、だった。
ロスマンや、ミルイヒのように。
父上も又、ウィンディの魔の手に掛かって、『僕』を攻めているのかも知れない。
いや、真実、皇帝に対する忠誠心のみで、父上が『僕』を攻めているのだとしても。
父上に会えば。
父上と、語ることさえ出来れば。
きっと父上も、ロスマンやミルイヒのように…………と。
それが、僕の見ていた希望だった。
だから…………急いで、急いで。
何も彼もを、急き立てて。
僕は父上と、二度目の対峙をした。
…………父上との決戦に挑む直前。
安堵の笑みさえ、湛えたような覚えがある。
これで、父上に会える、と。
何も彼もを語れる。
例え、立場を違えても。
例え、親子、と云う関係を、持ち込むことが叶わずとも。
心の底から尊敬したあの人を、僕は、息子として、良く、知っていたつもりだったから。
僕達の話に耳を傾けてくれぬ程、分からず屋な人じゃなかったから。
理念が違う、と云うだけで、全てを退けるような人じゃなかったから。
父上に勝って、父上と話をしたくて。
僕は。
………………けれど。
そんな僕の抱えていた希望は、余りも、儚かった。
父上は、自らの意志で、僕を逆賊として認め、言葉ではなく、剣の語らいを望んだ。
帝国の将軍と、解放軍のリーダー、そんな立場の者同士。
一騎討ちで片を着けよう……と。
真直ぐに、僕を見据えて父上は云った。
僕が、幼い頃からずっと憧れていた、微塵の揺らぎもない、強い意志の宿る、とても澄んだ…………武人としての眼差しを、僕に向けながら。
父上は……剣を抜いた。
……あの時も。
退こう、なんて、僕は思わなかった。
父上が、剣の語らいを僕に望むなら。
それを受けることが、僕に出来る精一杯のことであるような気がして。
ほんの僅か……父上に討たれるならば、それも本望かな……と。
後ろ向きなことも、考えて。
僕は、棍を手にした。
………………本当は…………本当……は。
判っていた。
棍を手にして、父上と向き合った、あの時、既に。
解放軍との攻防に負け、手傷を負っていた父上に、負けることはないだろう……と。
如何に父上が相手であっても。
僕は急ぐ余り、『何も彼も』を急いて……『強くなること』さえ急いて、帝国との戦いも、自分との戦いも、駆け抜けていたから。
傷付いた父上に、負ける……とは、思えなかった…………。
だから、それを感じると同時に。
傷付いた身で、僕との勝負を挑んで来た父上の、望みのようなものが、僕には見えてしまった。
圧倒的に不利な勝負を、判っていて挑んで来た父上の、見ているものを。
僕も又、見てしまった。
──それを、見てしまった瞬間。
僕に残されたのは、父上をこの手に掛ける……と云う、唯一つの道だった。
僕の全てを以てして、父上を討つ……と云う。
それ以外の道は、僕にはなかった。
嘆くことない、覚悟の道のみが。
僕の前には、広がっていた。
──────安らかな、死に顔。
息子が己を乗り越える瞬間に立ち合えた、至上の喜び。
『何者』と対峙しても、揺らぐことなかった信念。
……………地に伏した父上に駆け寄り、その頭を抱き上げた時。
僕に残されていたのは、たったそれだけの、『慰め』だった。
誇らしい……と。
我が息子、と。
僕の記憶の中に刻まれている、優しい微笑み、それだけを浮かべて。
父上が僕に聞かせてくれた、短い言葉が。
僕に残された、父上、だった。
握り締めた父上の手が、僕の掌の中から、力なく零れ落ちて行くのを、胡乱
その、胡乱な瞳の片隅で、魂喰らいが薄く輝いたのを、ぼんやりと眺め。
何故なのだろう……、何故、近しい人を失う度に、魂喰らいは少しずつ、僕へと貸し与える力を増していくのだろう、そう考えながら。
ゆっ……………くりと冷えてゆく、父上の温もりを、心の中でだけ掻き集めながら。
僕は又、一つ。
焦りを、覚えた。
────叶うなら。
もしも僕が、覚悟を忘れられるなら。
僕は最後まで、貴方の温もりを追い求めるだけの、唯の『息子』で在りたかった……と。
貴方に縋って泣き濡れる、唯の幼子で在りたかった……と。
思わなかった訳じゃ、ないけれど。