「…………どうして……判る気がするんだ? セツナ」

フリックとハンフリーが思い出した、カナタの『不可解さ』に、唸った大人達を尻目に。

何かを焦っている風だった、そして、戦いの前に安堵の笑みを浮かべたと云うカナタが、判る気がする、と頷いた盟主を、まじまじと、ビクトールが見遣った。

「……僕が恥ずかしいから、内緒」

だが、ビクトールの眼差しを、一言で、セツナは退ける。

「内緒、ってお前……」

「っつーか、恥ずかしいってな、どう云う意味だい?」

セツナの一刀両断に、ビクトールが呆れた横で、それを言えない理由が、恥ずかしいと云うことにあるのは何故だ、とタイ・ホーが云った。

「内緒」

しかし、セツナは何処までも頑で。

「まあ、云いたくないってなら、無理には聞かないが……」

「…………そう、だな…………」

フリックとハンフリーは、ちらり、視線を合わせ。

バレリアとスタリオンは沈黙を守った。

「気になるだろうが、云えよ。おら、ジュース取って来てやっから」

そんな中、唯一人、ビクトールだけが諦め悪く。

彼は立ち上がり、レオナに何やら意味深長な目配せをして、新しいジュースのグラスを受け取ると、席に戻り、すっとセツナに差し出した。

「えーーー。どうしようかな…………って、ビクトールさん、これぇぇっ!!」

渡された物を、こくりと飲み干しながらも、セツナは躊躇いを見せたが。

「いやな、ちったあ酒でも入れば、舌も滑らかになるかと……」

グラスの中身の半分近くがアルコールであったことに、飲み干した後に気付いて、ひゃあ、と彼は、傭兵を睨んだが。

ニタっと、悪びれもせずに、傭兵が笑ったから。

「もーーーーーっ。後で、僕、酔っ払っても知らないからねっっ! ──んもう……あのね」

渋々、セツナは口を開いた。

「マクドールさん、多分、お父さんに会いたかったんじゃないかなって思うんだ」

「ほう……。どうして?」

「……もう、大分前の話になっちゃうけど。ミューズで、和平交渉したことがあったでしょ? ジョウイ達と。……あの時、皆が思ったみたいに、ホントのこと云えば、僕だって、嘘臭いよなー、絶対、嘘だよなーって思ったけど。まあ、ナナミのこともあったし……、例えジョウイの云って来たことが罠だったとしても、もしかして、会ってみたら、何か違うかも、って一寸だけ、僕も思ったから。マクドールさんも、似たようなこと、考えたんじゃないかなって」

「だが………。あれは、和平交渉のような、見た目は穏便な話ではなく、戦争──殺し合い、だったのだが……」

盟主の語る推測に、バレリアが異議を唱えた。

「うん。それでも。……だって、相手はマクドールさんのお父さんだったんでしょ? 戦わなくちゃいけなかったとしたって、相手はお父さんなんだもん、ちゃんと話せば、って、マクドールさんだって、考えたかも知れないし。何よりも、純粋に、会いたかったのかも知れないよ? お父さんと戦って……でも、『会える』、ってことに、一寸でも希望がなかったら、あのマクドールさんが、安心したような笑い顔、なんて、見せないと思うな、僕。……僕の時も、マクドールさんの時も……会いたい人に会ってみたら、あっちゃー、な結果に終わっちゃったんだろうけどね。それって、結果だもん」

「……う、一理あるかも」

バレリアの異議を覆すように、セツナが云ったことを受け。

あり得るかも……と、フリックが頬杖を付いた。

「…………ん? ってことは? セツナ、お前、ジョウイに会いたかったから、判っててミューズ行きを決めた……ってことか? ナナミの為だけじゃなくって?」

飲み付けぬ酒を嚥下してしまった所為か。

ほんのりと頬を染め始めたセツナを、じっと見下ろし、ビクトールは、おや? と云う顔になった。

「……だから恥ずかしいって云ったのに……。云いたくなかったのにーーーーっっ」

故に、『恥ずかしい』の理由を悟られてしまって、セツナは益々、顔を赤くし喚いたが。

「幼いトコあんな、お前にも」

喜ばしそうに、ビクトールは微笑んで、セツナの喚きを流してしまった。

「じゃあ、親父さんに会うこと、それに、期待って云っちゃあ何だが……それに望みを懸けて、あの頃のカナタは、焦ってたってことなのかねえ……」

精一杯背伸びをしている『弟』をあやしているようなビクトールと、からかい好きな、年の離れた『兄』に突っ掛かっているようなセツナから目を逸らして。

タイ・ホーが、独り言ちた。

「そいつはどうかな。……まあ、本当のことなんて、カナタ当人以外には、誰にも判らないんだろうが……。今になって振り返ってみれば、父親を討った後も、シークの谷での出来事の後も、あいつの『早さ』は止まらなかった覚えがあるし」

そんなタイ・ホーの話し相手を、フリックが務め出した。

「あー……。シークの谷、か。あれも、大変だったんだってな……。俺は……あの後の、ネクロードの野郎との戦いが終わって、ここ……ノースウィンドゥに向かわせて貰ったからなあ……。シークの谷の話は、詳しくは知らないが……」

ビクトールさんの馬鹿、とか苛めっ子、とか。

そんなことを喚きながらポカポカ叩いて来るセツナと適当にやり合い、その辺りは……とビクトールが苦笑する。

「そう云えば、そうだったな。……お前が都市同盟に向かっちまった後、俺達は竜洞騎士団の、ヨシュアの元を訪れて……。──な? ハンフリー」

「…………そうだ……」

「で、ヨシュア達の協力を仰ぐ為に、シークの谷に、竜達の為の……あれは、解毒剤だったか? ……兎に角、薬の材料を取って来るって話になって。行ったは良かったんだが…………」

苦笑いを浮かべたビクトールに釣られたのか。

竜洞騎士団を訪れた頃の話をハンフリーとしながら、フリックも又、苦笑を頬に乗せた。

「テッドさんが…………だよね…………」

ビクトールの苦笑、辛そうなフリックの顔、それらを見比べ。

セツナが、とある名前を語った。

……カナタの、生涯唯一の親友だった、三百年の時を生き、シークの谷にてその生涯を終えた、『少年』の名前を。

「…………ああ」

テッド、の名を聞いて。

フリックがぽつり、呟き。

残りの者達は、唯、息を飲み込んで。

何処か、彼方を見詰めるような視線を、酒場の片隅に漂わせた。